1 魔界の異変
「今、キスしてたよね? ねえねえ?」
アーニャが俺たちをジト目で見る。
「い、いや、俺たちは――」
何もしてない、と言いかけて、やめた。
「いいだろう。夫婦なんだから」
「むむむ……っ」
「俺とヴィラは結婚するんだ。キスだってするさ」
俺は堂々と言い放った。
……まあ、内心では照れる気持ちがかなりあったけど。
「シオン……」
ヴィラは驚いたように目を丸くして、それから俺の腕にそっと抱き着いた。
「そんなふうに言ってくれるなんて……」
うっとりした顔だ。
「むむむむ……っ!」
アーニャの顔がどんどん険しくなる。
「――で、何か私に報告しに来たのではないのか、アーニャ」
ヴィラがたずねた。
先ほど見せたうっとり顔は、いつの間にか凛と引き締められていた。
口調も魔王のそれになっている。
この辺の切り替えはさすがだった。
「あ、そうだった。えっとね、魔界で色々と動きがあったみたいで……」
アーニャが慌てたように告げる。
「特に『暴風王』がきな臭い動きをしてるみたいだよ」
「……『暴風王』が」
ヴィラの叔父であり、彼女とともに魔王候補の一角だったという男。
実力的には魔界最強クラスであり、ヴィラも彼を警戒しているという。
「彼の元に兵が集まっているとか」
「挙兵の準備か?」
「名目上は、魔王国への援軍ってことだけど――」
アーニャの表情も凛と引き締められていた。
魔王の側近としての顔だ。
「ヴィラちゃんへのプレッシャーだったり、機を見て魔王の座を狙うための『力』として準備を整えている、ってところかもね」
「『暴風王』め、いよいよ野心を抑えきれなくなったか……? 私の結婚を一つのきっかけに、次期魔王の座を奪うチャンスを狙っている……か?」
ヴィラがうなる。
それから俺に向き直り、
「シオン、『新婚』早々で済まないな……」
「何言ってるんだ。君にとって危機なら、俺は力を尽くす。当たり前だろ」
「シオン……その言葉、ありがたく思う」
ヴィラが俺を見つめた。
瞳がウルウルしている。
感動している――んだろうか?
「……後で、キスさせて」
そっと耳打ちされた。
正直、ときめいてしまった。