4 デレていく魔王
「はあ、はあ、はあ……あまりの恥ずかしさに最大呪文を撃ってしまった」
「いや撃つなよ。物騒すぎるわ」
「す、すまない……以後気を付ける」
シュンとする魔王。
意外と繊細だ!?
「ち、ちょっと言い方きつかったか? ごめん……」
俺は慌てて謝った。
「いや、そんなことはない! 私が恥じらいのあまり理性をなくしてしまうのが悪いんだ」
魔王がぶんぶんと首を左右に振った。
まあ、やっぱり火球連打は物騒すぎるよなぁ……。
「そうだ、何度も呼んで慣れればいいんじゃないか?」
俺が提案すると、魔王もポンと手を打った。
「なるほど、それだ!」
俺と向き合う魔王。
「じゃあ、いくぞ――ヴィラ」
「んっ……」
魔王が頬を染める。
可愛いな。
つい見とれてしまった。
「そ、そんなに見ないで……ぇ」
ますます照れた顔をする魔王。
うん、ますます可愛い。
――って見とれてるだけじゃだめだな。
もっと練習しないと。
「ヴィラ」
「んん……っ!」
「ヴィラ」
「ふあぁぁ……あふぅ」
「ヴィラ……?」
「いやぁぁぁぁぁっ、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃっ! 【魔王――」
「わわっ、ちょっと待って! 【魔王火炎】はナシだぞ、【魔王火炎】は!」
「じ、じゃあ、代わりに【魔王雷霆】は駄目……?」
「呪文の種類の問題じゃないから」
俺はツッコミを入れた。
「と、とりあえず、お前に愛称を呼ばれるのは、あまりにもドキがムネムネしすぎる……」
「『胸』が『ドキドキ』な」
いちおうこれもツッコんでおいた。
「この辺りが焦土になりそうだ」
ヴィラは周囲を見回しながら、ため息をついた。
「確かに……ちょっとずつ慣れていこう」
「しかし、恥ずかしいものだな……男に愛称で呼ばれるというのは……」
「恥ずかしがるにも限度があると思う」
「ふふふ、しかしちょっぴり照れくさくて喜びもある……うふふふふ」
はにかんだ笑みを浮かべるヴィラ。
「あ、そうだ。俺のこともシオンでいいよ」
「っっっ……!」
またヴィラの顔が真っ赤になった。
どうしたんだよ、いったい……?
全人類の敵、と呼ばれていた恐ろしいイメージしかなかったから、今の魔王の姿には戸惑いを覚えてしまう。
けれど、少しだけ――。
可愛い、と感じる気持ちもあった。
翌日、俺はヴィラと一緒に王都を散策していた。
さまざまな魔族が往来を歩いている。
俺のことは周知されているのか、誰も襲い掛かってこようとはしなかった。
とはいえ、魔王と勇者が一緒に歩いていて、国民感情とかは大丈夫なんだろうか?
「ふふ、我ら魔族は人間よりおおらかだからな、大概の者は気にしないぞ」
「そうなんだ」
「気楽にしていろ。私が『シオンに手を出すことは許さん』と触れを出してあるから、誰も襲ってこない。万が一襲ってくるものがいたら……魔王としての力で抑えこむさ」
微笑むヴィラ。
「分かったよ、ヴィラ」
「っ……!」
俺が名前を呼ぶと、ヴィラは顔を赤らめた。
俺は反射的に身構える。
また高火力呪文を連発してくるかと思ったのだが――。
「……ふう、お前に愛称で呼ばれるのも、ちょっとずつ慣れてきたぞ」
「そっか、それはよかった」
にっこり笑う俺。
「うっ、爽やかな笑顔もかっこいいかも……」
「えっ」
「な、ななななななななんでもないっ!」
ヴィラが大慌てで首を振った。
どうしたんだ、一体。
まだまだ、慣れるには時間がかかるってことかな……。
と、
「あ、魔王様だ!」
「魔王様、今日も素敵です!」
「きゃー、こっち向いて~!」
「なんて美しいの!」
ヴィラに気づいたのか、周囲から黄色い歓声が次々に飛んだ。
特に女性人気が高いようだった。
「ふふふ、どうだ。私の人気は」
ヴィラはドヤ顔で胸を大きく張った。
「魔王っていうから、もっと恐れられてるのかと思ったよ」
「私は日ごろから好感度アップのために地道な努力をしているからな」
「そうなんだ……」
俺は思わず苦笑した。
それから、あらためて周囲を見回す。
魔族たちはみんな笑顔だ。
楽しそうで、嬉しそうで、明るい雰囲気だった。
「随分と平和というか……こんなに穏やかな雰囲気なんだな。普段の魔王国って」
「意外か?」
「ああ、すごく」
俺は素直にうなずいていた。
客観的に見て、人間の国の方がずっといがみ合っていると思う。
ここまで笑顔と楽しげな空気に満ちた空間を、俺は知らない。
「大方、魔族たちが住まう暗黒の世界とか修羅の国とか思っていたんだろう」
「すっごく思ってた」
魔王の言葉に俺はまたうなずいた。
「けど、実際に見てみたら、めちゃくちゃ平和だ……人間の国よりも平和だと思う」
俺は正直な感想を告げた。
「そうだろう? この国は私の誇りだ」
嬉しそうにヴィラが語った。
「シオンも、ゆっくりしていってくれ」
「うーん……そう言われても」
「なんだ、嫌だったか?」
ヴィラがとたんに心配そうな顔になった。
「嫌じゃないよ。すごくありがたいと思ってる。ただ……」
俺は口ごもった。
今はまだ体力が完全回復していないが、もしすべての傷が癒えたなら――。
俺はそのとき、どうすればいいんだろう?
もちろん、勇者として国に凱旋すればいいということは分かっている。
でも、ここを離れるってことは、また魔王国と戦うってことだ。
ヴィラや魔族たちと戦うってことだ。
俺は周囲を見回し、胸が痛くなった。
俺が今まで戦ってきた相手が――ここにいる。
この中には、俺が命を奪った魔族の家族や友人や恋人がいるかもしれない。
俺が今までしてきたことは――。
「……シオン?」
「ごめん。先に帰るよ」
俺はヴィラの顔を見ないようにして、足早に城へ向かった。







