9 人間の軍を圧倒する勇者
去れ、という俺の言葉に、兵士たちはひるんだようだ。
だが、
「くっ、ここで退くわけにはいかん」
「我々は攻勢なんだ。もう少しで魔族をこの世界から駆逐できる」
「戦功を上げたものには、褒美も思いのままだと皇帝陛下は仰っておられる」
「とにかく魔族を片っ端からぶっ殺すんだ」
彼らの士気は高く、しかも荒い。
「言葉では退いてくれそうにないな」
俺はため息をついた。
やはり、力で分からせるしかない。
もっと、徹底的に。
「犠牲は最小限にとどめたいからな――【天の雷撃】!」
今度は魔法を唱える。
これは勇者だけが扱える『天雷属性』の魔法だった。
ばりっ、ごううううんっ!
天空から降り注いだ雷撃が、俺の前方で弾けた。
大爆発――。
地面が大きくえぐれる。
衝撃に巻きこまれ、数十人がまとめて吹き飛ばされる。
いちおう加減したおかげか、死人はいないようだ。
「ひ、ひいい……」
「強い……強すぎる……」
剣でも魔法での力の差を見せつけ、兵たちはさすがに戦意を失ったらしい。
「もう一度言う――去れ」
俺は彼らに言った。
「俺が望むのは勝利じゃない。これ以上の犠牲者を出さないことだ」
言いつつも、剣の切っ先を彼らに向ける。
抵抗すれば撃つ――その意志を示さなければ、彼らを止められない。
しかし、実際に撃ってしまえば犠牲者が少なからず出る。
その塩梅が、本当に難しい。
ただ敵を倒すよりも――ずっと難しい。
「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
が、今回はそこまで思い悩む必要もなく、彼らは次の瞬間には逃げ出していた。
圧倒的な力の差。
そして魔族側に与する勇者というイレギュラー要素。
これらが合わさり撤退を選んでくれたか。
「以前に私と戦ったときより、かなり威力が増しているな――」
ヴィラは俺が放った雷撃の跡を見つめる。
「【自己犠牲】の先にある力……かもしれんな」
「えっ」
「死の淵からよみがえったとき、以前よりも強大な力を得る――古来の勇者はそういう特性を持っていた、と先代魔王から聞いたことがある」
「そうなんだ……」
そんな話、知らなかったぞ。
「魔界側にしか伝わっていない話かもしれないな」
と、つぶやくヴィラ。
「シオン……?」
そのとき、前方から聞き覚えのある声がした。
五人組のパーティが歩いてくる。
そのうちの四人は見知った顔だ。
「お前たちは――」
俺は息をのんだ。
言葉を、失った。
予感はしていた。
だが、こうして戦場で相対すると、やはり気持ちが揺れる。
その四人とは、勇者パーティの仲間たち――ティアナ、カトレア、イングリット、ユーフェミアだった。
「シオン、生きていたの……?」
ティアナが呆然とした顔でつぶやく。
「……ああ」
俺は表情を険しくして彼女たちを見据えた。
俺は――彼女たちによって爆死させられそうになったんだ。
信頼していた仲間だったのに。
彼女たちは俺を犠牲にして魔王もろとも殺そうとした。
俺のことなんて、魔王を倒すための道具程度にしか思っていなかった。
胸がざわめく。
心が、痛む――。