5 神殿に封じられていたもの
「神殿……?」
「ああ、異界の魔王を祭ったものなのだが――」
ヴィラの表情は険しい。
その理由は明らかだった。
神殿の門が破壊されている。
誰かが侵入した、ということか?
「神殿の中に何かあるのか?」
「――とにかく内部を確認する」
言って、ヴィラは走り出す。
俺は慌ててそれを追った。
「お、おい、侵入者が待ち伏せしてる可能性だってあるだろ」
「早く……確かめねば……」
俺の言葉に答えず、ヴィラはさらに加速した。
よほど内部にあるものが気になるのか。
俺はヴィラの後に続き、神殿の一室に入った。
「なんだ――」
黒いモヤのようなものが周囲に漂っている。
「やはり誰かが持ち出したか……」
ヴィラが苦い顔をする。
「これって、呪詛……か?」
呪術師などが使う『呪い』――それの元になるのは『呪詛』という恨みのエネルギーだ。
見たところ、あの黒いモヤは高濃度の呪詛のようだった。
しかも、それは自然に発生したたぐいのものではなさそうだ。
黒いモヤは、部屋の隅にある箱の中から漏れ出ている。
「まさか呪詛の……兵器……!?」
「……その通りだ」
ヴィラがうなずいた。
「……呪詛を兵器として広範囲に使えば、土地一帯が汚染される。何代にもわたって人が住めない土地になるんだ。お前は――お前たちは、こんなものを兵器として使うつもりだったのか?」
思わず声が震えた。
呪詛兵器――。
かつて人間の世界でもこれを用いた戦争があった。
が、あまりにも後世への影響が大きく、幾つもの土地が数百年――場合によっては数千年以上も人が住めなくなり、これの使用を永久に禁止するという条約が世界各国で結ばれた。
以降、人間の世界の戦争に呪詛兵器は登場しない。
そして魔族との戦争においても、今までのところ呪詛兵器が使われたことはなかった。
だから、正直ショックだった。
魔王国がその呪詛兵器をひそかに持っていた、というのは。
「――使うつもりはない。人間の世界で呪詛兵器が禁じられているのは知っているし、魔族の間でも戦争でこれを使うことは随分と前に禁止された」
ヴィラが言った。
「じゃあ、どうしてここにあるんだ?」
忌まわしい禁断の兵器――『呪詛兵器』。
ヴィラがそれを隠し持っていたことが、俺にはショックだった。
「ここの呪詛は普通のものよりも、はるかに強力だ。浄化することができない。だから封印するしかなかった」
彼女が言った。
「使うつもりなんてないんだ。むしろ、悪用されないために……厳重に封印していた。警備だって何重にも敷いて――それがすべて突破され、呪詛兵器が持ち出されたことは、私にとってもショックだ」
「ヴィラ……」
確かに、彼女の言うことは筋が通っている。
俺は状況だけを見て軽率に判断してしまったのか。
だけど――。
彼女が、嘘を言っている可能性だってある。
いや、そんなふうに考えるな。
俺はヴィラを信じたい。
俺の考えは早とちりだ。
信じて、裏切られるのは――もう嫌だ。
そのとき脳裏に浮かんだのは、笑いながら俺を燃やし尽くそうとするかつての仲間たちの顔だった。