1 聖剣ファリアレイダ、新たな段階へ
俺は聖剣を手に、修行場にいた。
剣を、振る。
ごうっ!
衝撃波が巻き起こって大地が裂けた。
「これは――」
やっぱり威力が上がっている。
一度死にかけ、そこから復活したことで俺の能力に変化が出たとしか思えなかった。
「――なるほど。やはり、新たな段階に踏みこんだようだな」
「えっ……?」
すぐそばで声が聞こえた気がした。
だけど、俺の周囲には誰もいない。
「私の声が聞こえるか、勇者シオン……」
また、声がする。
「もしかして……」
俺はハッと気づいた。
「聖剣……が?」
次の瞬間、
ヴーンッ……!
聖剣から放たれた光が、人型のシルエットを形作った。
「お前は――」
外見は二十代半ばの青年といった感じか。
どこか冷徹さを感じさせるほど整った顔立ち。
銀髪碧眼、白いローブをまとった長身の青年だった
「こうしてお目にかかるのは初めてだな、マスター。ファリアレイダに宿る存在――それが私だ」
彼が名乗った。
「それって、聖剣の精霊……ってことか?」
「ふむ。正確ではないが似たようなものかもしれないな」
彼がうなずく。
「じゃあ、聖剣――って呼び方もアレだな。ファリアレイダだから……ファリアって呼んでもいいか?」
「好きに呼べばいい」
言いつつ、彼の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「ん、どうかしたか?」
「いや、私にはもともと名前などないからな。ファリアレイダは本来、聖剣の名前。私自身には何もない」
告げる青年。
「君に呼ばれて、こう感じたのだ。名前がある、というのは――なかなか嬉しいものだと」
「はは。じゃあ、これからもファリアって呼ぶよ」
「うむ、呼んでくれたまえ。存分に」
冷徹に見えた表情がかすかにほころび――さっきより、ずっと取っつきやすく見えた。
「私の声が聞こえ、私の姿を具現化できる――ということは、聖剣が新たな段階に進んだことを意味する。それはつまり、君の勇者としての力が増大している証でもある」
「力が増大……」
ファリアの説明を繰り返し、つぶやく俺。
確かに、俺の力は明らかに上がっている。
魔王との戦いを経て、あの『自爆』からなんとか生還した後からだ。
俺は、その辺りのことをファリアに話してみた。
「――ふむ。命を失いかけたことが原因かもしれんな。あるいは」
ファリアが俺を見つめる。
「君は一度、本当に死んだのかもしれない」
「えっ」
「新たな命を得たことで、新たな力をも得る――古代からそういった英雄は幾人もいる」
「新たな力、か」
俺はつぶやきながら空を見上げた。
魔王を倒すために、俺はずっと修行を続けてきた。
戦いながら、この力を磨いてきた。
だけど――。
こうして新たな力を得た今、俺は何に対して力を振るえばいいんだろう?
「どうした、マスター?」
ファリアが不思議そうに首をかしげた。
「あまり嬉しそうに見えないな」
「えっ」
「強くなる、ということは、勇者としての使命をそれだけ果たしやすくなるということだろう?」
ファリアが俺を見つめた。
「魔王を討つのではないのか、マスター?」
「っ……!」
俺は言葉を失った。
魔王を、討つ。
あらためて言葉にされるとゾッとなる。
俺が、ヴィラを殺す――。
かつての俺なら、それを使命と考えただろう。
でも今の俺なら――。
できない。
ヴィラを討つなんて。
考えたくもないんだ――。