12 シオンとイングリット
俺はイングリットに向かって、一直線に突進した。
城門までの距離はおよそ数百メートル。
聖剣の力で強化された俺の脚力なら、数秒でたどり着けるはずだ。
ひゅんっ! ひゅんひゅんっ!
だが、そうはさせないとばかりに、イングリットが無数の矢を放つ。
一本一本が恐ろしいほどの速度と威力で、俺に襲いかかってきた。
「くっ……!」
俺は聖剣を振るい、矢の雨を必死に弾き返す。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、途切れることなく戦場に響き渡った。
ぎんっ! がぎいんっ! ざしゅっ!
一撃を防ぐたびに、腕に重い衝撃が走る。
それでも足を止めずに、ひたすら前へと進んだ。
けれど、彼女の矢は執拗だ。
とうとう防ぎきれなかった何本かが俺の手足を貫く。
「ぐ、ううっ……!」
鋭い痛みに、俺は思わず足を止める。
悪鬼と化した彼女は、やはり強い――。
「どうしたの、シオン? もうおしまい?」
城門の上で、イングリットがクスクスと楽しそうに笑っていた。
かつて仲間だったころの快活な響きは感じられない。
ただ、底冷えのするような冷たさだけがあった。
「イングリット……!」
俺は彼女の名前を叫んだ。
「強くなったって聞いてたけど、噂ほどじゃないじゃん。ボクと戦ってる最中に考え事なんて余裕だね?」
「君は、こんな一方的な虐殺を楽しむような人間じゃなかったはずだ」
俺は懸命に訴えかけた。
「はあ?」
イングリットは、心の底から馬鹿にしたような顔で俺を見下ろした。
「楽しんでるよ? だってこいつら、魔族でしょ。人間の敵で、世界のゴミじゃん」
「っ……!」
言葉を失う俺に、彼女はさらに続けた。
「あ、そっか。シオンはゴミの味方についちゃったんだよね? ボクたち人間を裏切ったんだね」
「違う!」
俺は絞り出すような声で叫んだ。
「俺は誰も裏切ってなんていない! 俺は――」
全身が震える。
自分でもよく分からない激情があふれてくる。
「ただ、人間も魔族も……どちらも守りたいんだ。本当の平和が欲しいだけなんだ!」
けれど、その道はあまりにも険しい。
目の前に立ちはだかるのは、かつて背中を預け合った仲間。
魔王との最後の戦いで俺を裏切り、その命を奪おうとした相手。
それでも――そんな『仲間』だった彼女を、俺はこの手で斬れるのだろうか……。
自問する俺の心に、冷たい声が響いた。
「感傷に浸っている場合か、シオン」
聖剣からファリアの声がする。
「彼女はもう君が知っているイングリットではない。いや、そもそも――『君が知っているイングリット』など最初からいなかったのではないか?」
「えっ……」
「彼女は――彼女たちは君を裏切った。それこそが彼女たちの真実であり、本当の顔ではないのか?」
「それは――」
俺は、ファリアの問いに答えることができなかった。
胸のうちに、否定したい気持ちと、認めざるを得ない現実が渦巻く。
本当の彼女たちは最初から――。
「俺の仲間なんかじゃ、なかったのか……?」
それは、俺がずっと目をそらし、向き合うことを避けてきた真実だったのかもしれない。
そして今こそ、その真実に向き合う時がきたんだろう。
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