高国の野望
高国は激怒していた。京の北にあって都を見下ろす松ヶ崎の山頂に陣を張り、都を眺めていた。いや、睨み付けていた。
高国は細川京兆家の当主である。養父は半将軍とも呼ばれた細川政元。将軍を挿げ替え、幕府を牛耳り、叡山を焼き払い、畿内周辺にも出兵して天下の安寧を築いた。
だが、その養父が暗殺される。三十年ほど前の事だ。それからの十年は取ったり取られたり。京や近畿を舞台に騒乱の日々だった。
そして、二十年前、突如として朝廷が検非違使の復活を行った。両細川の実戦部隊である六角と三好が、検非違使として引き抜かれた。両陣営からあっと言う間に兵が引いていった。
細川家は面目を失い、京を追われた。二十年。京を追われて二十年になる。木のウロで雨風を避け、泥水をすすった事も幾たびもある。腹の足しに虫を喰らうなどとうに慣れた。
そうしてやっと京に戻ってきたのだ。たしかに京を離れていた二十年の歳月は短くない。噂にも京の復興を聞いていた。
だが、これはなんなのだ。古は大内裏であった荒野に、大きな壁がそびえ立っている。その向こうには果てしなく広がる田畑。これだけ広い田畑なら、そうそう飢えに悩まされる事も無いであろう。
己の苦労など全く関係なく繁栄している都。己が、天下人と呼ばれた養父を継いだ、この高国が地べたを這いずり回って生きてきた二十年はなんだったのだ。
高国の怒りが暗い業火となる。燃やしてやる。燃やし尽くしてやる。己と関わりなく栄える都など燃やし尽くしてやるのだ。
今の将軍家には、細川を裏切った大内、六角、三好が従っている。それに斯波と北畠も合力している。近畿だけを見れば、磐石に見えるだろう。
また、関東には伊勢の分家がいて今川が伊勢の後押しをしている。一朝事あれば、援軍を送って来るかも知れぬ。
が、伊勢分家と今川は遠い。念のために関東公方の上杉にも動いてもらっているので、万が一にも上洛はない。
大内には尼子を仕向けてある。六角には浅井と叡山の僧兵。斯波も北畠も大津を抜けねばならぬため、六角が動けねば上洛は叶わない。飛騨の土岐も動かした。
興福寺も動く。伊勢の北畠と河内の三好への牽制だ。
考えが三好に及ぶと、高国の激昂は更に高まった。三好は元々細川の家の者。許されざる者どもだ。だが、その分、調略は容易い。本領の阿波では隠居や老臣が抵抗し、兵をまとめる事ができていないと聞く。
一つ一つ打ってきた手を思い起こし数える。日の本の地図を脳裏に浮かべ、壮大な策に自己陶酔する高国。
周辺へは、陽動の兵を送り身動き出来ない状況にしてある。最後の一手が、この京への討ち入りだ。
こちらは若狭武田に朝倉、加賀の一向宗に、越後の長尾まで兵を出した。ゆうに五万を越える軍勢だ。たとえ、高い壁で覆われた城であろうと、いつまでも籠城できるものではあるまい。
先程から、高国は京の都を睨みつけていた。高国には燃え盛る都が見えていた。
美しい城壁や、まっすぐな道、整然と整備された田畑。嗜虐に囚われた高国にとって、むしろ穢しがいのある対象となっていたのだ。
本編はホノボノベースの物語になってます。
そちらもよろしくお願いします。
鷹司家戦国奮闘記
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2001.9.23 実践部隊を実戦部隊に修正。
その他、句読点をいれました。