蝦夷貿易
冬のある日、蜷川新右衛門は鷹司家に呼ばれた。
「なにやらお呼びと聞き、罷り越しました」
「おお、新右衛門さん。いつもすまぬのう。今日はの、新右衛門さんに儲け話を持って来たのじゃ」
鷹司家の嫡子、忠冬は京では暴れん坊、悪童と言われているが、以前から新右衛門には懐いており、何かと声を掛けてくれるのだ。
「これは?」
「うむ。これは先日、大宰府から届いた野菜じゃ。火焔菜と申してな。主に根を食する」
「ああ、大根や蕪と同じですな?」
「さよう。それでの、かなり甘い」
「甘い?」
「うむ。甘味が強いのじゃ。そこの者。毒味代わりに、それを舐めてみよ」
公家からの頂き物。名誉な物ではあるが、これでも幕府政所の重鎮なので、見たこともない食物を口に入れる訳には行かない。側仕えの家臣に試食させる。
「は!それでは、いただきまする」
小皿に載せられていた小片を口にする側仕え。
「ほう、確かに甘うございますな」
驚いた顔をしている。
「かなり甘いのでな。人気が出る作物となろう。だが、この火焔菜は、寒き地でないと上手く育たぬらしいのじゃ」
「ほう、それは惜しいことですな」
新右衛門よりも、側仕えのほうが残念そうな顔をしている。それほど美味かったのだろう。
「なかなかに難しいことよ」
ため息をつく忠冬。
「ここにあるのも、蝦夷から明に渡り、韃靼を超え、さらにその先にある国から運んで来られた物なのじゃ」
「それはまた貴重な物を!」
話を聞けば大変貴重な物であった。
「それで、相談なのじゃが、コレを松前に持っていき、蝦夷地にて栽培させてはどうじゃ?安東太郎殿も蝦夷との付き合いに苦労しておられる様子」
長耳の鷹司とも呼ばれる忠冬。北の地の騒動も知っているらしい。
「しかし、寒冷な地であれば、奥羽などでも良いのでは?」
「何の事も無いが、奥羽で広まっては蝦夷の得にならぬ」
「はて、何故持って蝦夷の得などと?」
幕府は征夷大将軍の名で動いている。征夷とは蝦夷を討伐することである。
「では、逆に問う。今、蝦夷地を征伐して得をするのは誰じゃ?」
「そ、それは……。」
「奥羽までは討伐の意義もあったのかもしれぬ。だが、この乱世で更に騒動を広げてなんとするのじゃ?新右衛門さん、それなら乱を収めるのが先ではないか?」
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火焔菜とはビーツの事である。ビーツを改良したものが甜菜、いわゆる砂糖大根だが、この時期はまだ開発されていなかった。
新右衛門から伊勢家経由で安東尋季に伝わった火焔菜は、蠣崎によりアイヌに広まった。
そしてそれは、和人に協力的なアイヌの中から狩猟採集生活から農耕生活に変えるアイヌを出現させたのだ。
農耕生活をするアイヌの出現は、今まで対立していたアイヌとの緩衝材となり、今まで手に入らなかった地方の物産も交易出来る様になった。
何より、蠣崎家には、京の公家から名指しで指示が飛んでくるようになったのだ。
「父上、京の九条様よりのご依頼です。アザラシの皮を10枚手に入れよとの事。こちらは鷹司様、ヒグマの肝を所望されております」
「ぐう!なんとも気安く頼まれるのう」
「では、お断り致しますか?」
「いや、それは拙い。また、タナサカシに頼むしかあるまい。大宰府からの火酒でも渡すとするかのう」
いろいろな産物を指定され、手に入れなくてはならなくなった。それにはアイヌ達の協力が欠かせず、自然と宥和が進んだのであった。
本編はホノボノベースの物語になってます。
そちらもよろしくお願いします。
鷹司家戦国奮闘記
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