鷹司紙幣
大宰府と京の通商が盛んになると、高額貨幣が必要となる。初めは鋳銭司で作られた金、銀の貨幣を利用していたが、それも大量となって来ると使い勝手が良くない。
そこで喜ばれたのが、関白の鷹司卿が発行する金手形、銀手形だった。透かしの入った特殊な紙で、鷹司牡丹の判が押され、呪がかかっているとされた。これを大宰府と京だけで発行したのだ。
例えば、大宰府で金を預け、手形を発行してもらう。手形には預けた金の重さと商人の名が記載される。これを京まで持って行くと同量の金がもらえる。
初めは、取引が終われば金銀に戻されたが、紙幣の利便性を理解すると、次第に返還せずに使われるようになった。ただし、紙幣は発行してから五年の期限が設けられ、それ以降は手形として無効になった。
偽造を試した商人もいたが、ことごとく露見した。使用した商人だけでなく、それを指示した国人なども捕らえ、磔刑や斬首刑となった。罪の重さに偽造にだけは手を出すなと言われるようになった。それでも、年に何人かは偽造に挑戦し、捕らえられた。
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この時期の説話に、「土倉(金貸し)が紙幣を溜め込んだが、あまりに因業すぎて人々から恨まれていた。それを聞いた鷹司卿が経を唱えると紙幣が空へ飛んで行き、人々には銅貨が降って来た」とある。当時の民衆は、鷹司家の紙幣には特殊な力があると信じていたようである。
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紙幣の信用が高まると、大宰府と京の間だけでなく、東海道や北陸でも流通する様になって行った。
次に期限の無い紙幣を発行した。こちらは紙幣の額が決まっており、一枚が金50匁と金25匁となっていた。これは初めの紙幣の額が大きく、額面がまちまちだった為、額面に合わせた量を揃えるのが難しい品を扱っている商人に喜ばれた。期限付き紙幣を補完する紙幣として使われ始めたのだ。
ただし、この紙幣は金とではなく期限付き紙幣との交換しかしないものであった。しかし、その手軽さから大いに流通し、一種の不換紙幣として機能していた。
また、庶民の生活には木銭が普及し出していた。鷹司家の普請で配っている飯と交換出来る木札だ。
一食分なので、何かの手間仕事を頼むのにちょうどいい価値だったのだ。初めは下京で使われたが、徐々にその範囲を広げ、近畿と瀬戸内でも使用出来るようになって行った。
大内家や三好家が同じく木札で一食との交換を始めたのもあって、急速に広まった。
今までの銅銭に加えて金貨銀貨や木銭に紙幣と銭の流通が増え、一気に貨幣経済が広まったのである。
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この日、久々に上京した大内義隆と鷹司忠冬が話し合っていた。
「銭不足もかなり改善されました。まだ明からの銅銭輸入に頼らずとも銭を使える訳ではありませぬが、なるべく改鋳し流通させております」
「うむ。自らの銭を作れるのは大きいの。相変わらず堺などで私鋳銭を作っておるが、徐々に価値が下がっておるようじゃ」
「あの木銭もよいですな。手軽に使えますが、私鋳するには価値が低い。何より一食との交換なので価値を操作しやすいのも便利です」
「ワシらもあれ程、便利な物だと思わんかった。窮余の一策だったのじゃが、大いに助かったのう」
海外との貿易を一手に引き受け、北九州から瀬戸内に跨がる大領の領主でもある義隆は実感として経済を理解し始めていた。
「さて、今日来て貰ったのは、これを渡そうと思うてな」
と、忠冬は紙幣に百匁と書き入れて手渡す。
「これは?」
戸惑う義隆。
「大宰大弐殿。この金手形を発行できるのは、京のワシと大宰府のお主のみじゃ、そうであるな?」
「はあ。確かにそうですな」
「お主の蔵にも金銀がたんと積まれておる」
「はい。ただ、あれは預かり物……」
「確かにの。だが、預かった金を返す訳では無い」
「は?あ!確かに」
大宰府で金を預けた商人は、京で金を受け取る。京で金を預けた商人は大宰府で金を受け取る。大宰府から京へ金を運んでいる訳ではなく、同じ重さの金を渡しているだけなのだ。
「つまり、商人どもが引き取りに来た時に渡せる金が有ればよいのじゃ」
「ふむ。金を渡せば、騒ぎにはなりませぬな。ん?我が周防では金銀の改鋳もしております。その分も紙幣として発行出来ますな」
「確かに、それも出来るがの。ほれ」
と、先程書いた紙幣を指さす忠冬。
「そなた、その紙幣、今すぐ金に換えるか?」
「いえ、特段、困っておりませぬ故」
「うむ。大抵の者は期限まで替えぬであろうな」
「そうですな。紙幣を扱うほどのものであれば、特にそうでしょうな」
「つまり、今書いたその紙幣。そのまま使うても誰も困らぬ訳じゃ」
「あー?しかし、これを金に換える時が来ましょう?」
「その時は、蔵にある金をわたせばよいのじゃ」
「しかし、それでは金が足りなくなり申す!」
「本当に?」
「は?」
「本当に足りなくなろうか?金が足りなくなるのは紙幣全てを金に換える時じゃ」
「はあ」
「では、問いを変えよう。紙幣全てを金に換える時は来るか?」
「あ!いや、無いの、か?」
「50匁や25匁の紙幣は直接金銀とは替えられぬがそもそも替えようとも思うておらぬであろうな」
「んんん、何やら詐術の様な……」
「そうじゃよ」
「は?」
「詐術じゃと申しておる」
「ええ⁉︎」
「じゃが、紙幣を金を替える事ができる限り、罪は生まれぬ」
「あああ?確かに!ですが、それは!」
「それはなんじゃ?罪では無いのう」
「う!むう」
「お主に空の紙幣を発行せいとは言わぬ。ただ、京からは空の紙幣が出て行くと承知しておいて貰いたいのじゃ」
「はあ……」
「こちらも無闇に発行する訳では無い。蔵にある金銀の半分までとする。もし、気が咎めるならその分、金銀を大宰府の蔵に溜めてくれれば良いのじゃ」
「ん、まあ、それでしたら嘘には成りませぬな」
義隆は気味の悪さを覚えつつも了承した。初めは金銀の増産などに励んだが、実際に困る事は無く、やがて慣れた。忠冬とも連絡を取り合い、在庫の倍まで紙幣が流通する事になる。
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その後、鷹司の紙幣は倭寇などにも利用され、朝鮮や明でも貿易商人同士などに使われたと言う。
本編はホノボノベースの物語になってます。
そちらもよろしくお願いします。
鷹司家戦国奮闘記
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