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[chapter:終章]

[chapter:終章]


「つ……疲れた……」

 羽柴は、アパートのドアを閉めると、横手の下駄箱に手をかけて脱力しながらうめいた。

「――まあ、バイト休める口実ができて良かったかもね」

 ようやく一息つきながら靴を脱ぐ。

「そんなに痛くないし」

 羽柴は体をひねって背中を見る。背中の中央あたりに血が滲んでいるのが見えて小さく嘆息した。

 寸止めされたけれど、風圧のようなもので浅く切れた傷は、服を裂いて肌まで到達していた。

 とりあえずバイトに戻ったものの、結局背中に血が滲んでいる、とちょっとした騒ぎになった。

 どこかの屋台で釘でひっかいただけですまったく大丈夫です!! と不自然な言い訳でごまかし、今日はもう無理をしないで病院に行った方がいいと、周囲の厚意で早々に切り上げることができた。

 服を引っ張れば、十数センチに渡って服が袈裟切りに切れていて、切り口は血でパリパリになっていた。これがもしかすると直撃していたかもしれないと考えると、今更ながらぞっとする。

 傷口は引きつれるような感触と、時折ちくりとした痛みがある程度で、出血は止まっている。見た目は派手だが、動かなければ痛みもなく、そう深くなさそうだった。

 とりあえず早く亀を水槽に入れてやろう、と乱暴に靴を脱ぎ捨て、そのまま部屋を突っ切ってベランダへと向かう。

 亀もいきなり災難だったなー。と、考えながら、とりあえずベランダへ出ると、ビニール袋の口をあけて、中の水ごと亀を水槽の中へとそっと入れる。

「……大丈夫?」

 水槽の中へと浮かんだ亀へと声をかければ、羽柴の方にちら、と視線を向けて、もそもそと泳ぎだした。

 プラスチックケース中に置いてある置物の方へと泳ぎだし、そこにアゴを乗せて両手両足を広げて動きを止めた。

 疲れたから休む。と言いたげな態度に、苦笑しながら立ち上がる。

 部屋に戻って、空になったビニール袋をゴミ箱へ入れて、窓ガラスとカーテンを閉める。

 両手でカーテンを閉じてたところで、背後から自分より大きな影が落ちた。後ろを振り返れば、シンが真後ろに立っていた。

 気配のなさにぎょっとする。

「シ……っ」

 背後からぎゅう、と抱き締められて声が潰れる。

 肩にずし、とシンの頭が乗る。肩口にシンの髪が広がるのが見えた。

 長い沈黙が落ちる。突然の行動に動悸を感じながら、そういえばネックレスを返していないことを思い出す。

 慌ててポケットに入れて、そのままになっていたネックレスを引き出す。

「すみません」

 その思考を遮るように、シンの声が耳朶に届く。予想外のその言葉に、動きを止める。

「怪我」

 短い単語に、怪我をさせてしまったと落ち込んでいるのか、と気づく。

「痛くないから平気だよ」

「見せて下さい」

 疲れたような沈んだ声だが、はっきりと言われて、羽柴は口ごもる。

「――え」

「傷」

 脱げ。と言われているようなもので、わずかに顔を引きつらせる。

「なんかヤダ」

 普段目の前で着替えているが、改めて服を脱いで傷口を見せる、というのがなぜだか素直に了解できず、思わず即答で拒否してしまう。

 シンはその返事が気に入らなかったのか、顔を上げて、腕を下ろすと羽柴の腹のあたりの服を引っ張った。

「わかりました」

「……ちょ」

 服が引っ張り上げられて、少し冷えた空気が肌をなでた。慌ててシンの腕をつかむ。

「わかってないよね!?」

「むつきの意向は了解しました。許可は求めません」

 勝手にする。と言ってるも同然の言葉に、羽柴も慌てる。

「イヤだってば!!」

「私は見せろと言っています」

「だから、ヤダってば」

 そんな押し問答の後にシンの動きが止まった。

 ほっとしたところで、無言で足払いをかけられた。

「わ」

 油断したところで抵抗も出来ない。倒れた体をシンに抱き止められて、そのまま床に倒される。

「いてて」

 さすがに傷が痛い。羽柴の腹の上にまたがったシンが鼻で笑った。

「言うことを聞かないからです」

 だからといって素直にきけるか、嫌なものは嫌だ、ともがく羽柴の抵抗は片手で押さえこまれた。

 なんというか、圧倒的に力の差があることを、ここにきてようやく思い知る。

「ひきょーものー!!」

「どこがですか」

 その時、ピリリリリ、と机の上に置いてあったスマホが着信を告げた。

「電話」

 羽柴がシンを見上げて口を尖らせる。ピリリリリ、というコールを聞きながら、無表情になる。

「――必要な電話ならかけ直せばいいでしょう。後ほどどうぞ」

 まったく諦めていないシンの言葉に、羽柴は絶句して眉をひそめる。

 おかしい。ここまで行動の邪魔をされたことはない。

 もうこうなったら素直に傷口を見せて、手当なりなんなりさせて気が済むまでやらせればいいのだろうか、と思ったところで、

 なぜか、操作をしていない電話が、通話した。

 ぶつ。と音が聞こえて、ザー……とノイズ音が聞こえてきた。

 ノイズの奥に、かすかに声が聞こえる。ぶつぶつと何か唱えるような声が聞こえて、羽柴が視線を向けるより先に、素早く反応したのはシンだった。

 立ち上がって玄関のドアの方へと向き直ると、無言で腕を空中へと伸ばした。

 大鎌を出す動作だ、と羽柴は気付くと同時に、ここ室内なんだけど!? と青くなる。単身者用のワンルームであんな武器を取り出されても困る、と慌てて静止しようとした時に、玄関のドアをすり抜けて、先ほどの神様が入ってくるのが見えた。

 シンの舌打ちが聞こえて、はっとしながら羽柴は神様からシンへと意識を戻す。大鎌はなぜか持っていない。

「無理か」

 忌々しげな声音と言葉に、シンが大鎌を取り出そうとしたが失敗したことを理解する。

「――目を離した隙に何をしてるんだお前は」

 部屋の中に入って、呆れたような声音で神様がつぶやいた。

「余計なお世話です」

 へたりこんだままの羽柴へ、神様が笑顔を向けた。

「私のせいだからな、薬を持ってきたぞ」

 スマホから聞こえるノイズの音は大きくなっている。シンが不愉快そうに片耳を押さえた。

 それを見て、神様は楽しそうに笑う。

「やられっぱなしなのも癪だからな、ちょっと趣向を変えてみた」

「――……ッ」

 羽柴には、ただの雑音混じりのノイズに聞こえるが、シンにとってはそうではないらしい。わずかに背中を丸めてシンがうめいた。

 神様は、自分の頭に手をやって、自分の髪を引き抜くと、その髪を口元に寄せて、ふっと息を吹きつけた。

 同時に、髪の毛が長くて白い細縄へと変化する。

「少し静かにしてろ」

 そのままそれを放り投げながら、シンをまっすぐに指差す。ひゅ、と空気を切るような音を立てながら細縄が飛んで、抵抗する間もなくシンの体に巻きついた。

 一瞬の出来事に、なにが起きているのかわからず、ぽかんとするばかりの羽柴をちらりと見て、神様は楽しそうに笑った。

 シンの動きが鈍い。ノイズのせいか、とようやく気付く。

「仕上げだ」

 神様が部屋の中へ大股で踏み込みながら、両手を大きく広げて、そのまま柏手を打つ。

 パァン、と乾いた音が響いた瞬間、ノイズが止まる。

 羽柴はようやく小さく声をあげた。

「……なにが、……あ!」

 静まり返った部屋の中、唐突にシンが、は。と苦しげに息を吐いて、そのままゆっくりと体が崩れ落ちた。

 どさ、と鈍い音が響く。

「シン!?」

 慌てて床に倒れたシンにすがりつく。体を強く揺さぶるが反応はなく、体に巻きついた細い縄をつかんでもびくともしない。

 顔をのぞき込めば、気を失っているのか、薄く口を開いたまま脱力していた。

「――何したんですか!?」

 神様はそのままふたりの前へと歩くと、倒れたシンとその体に手をかけている羽柴を見おろして、「なんだ」と、つまらなそうに小さくつぶやいた。

「戦闘能力は高くても、呪術耐性はずいぶん低いな」

 最初からこうすれば良かった。と、ぶつぶつ文句を言いながら神様が腕組みをした。それからわずかに頭をかしげて羽柴を見た。

「こんな物騒なのがいたら、ゆっくり話もできないだろう」

 当たり前のように言われて、羽柴は神様をにらむ。

「だからって……」

「怪我はさせてないぞ?」

「そういう問題じゃありません」

「さて、話をしようか」

 話を聞くつもりもないらしい。羽柴は眉間にしわをよせて神様を真っ向から見つめた。

「できるわけないじゃないですか、先にこっちをなんとかして下さい!」

 神様は面白そうなものを見るように羽柴を見おろした。

 そして羽柴の前にしゃがみこむと、あごをつかまれた。同じ高さで視線が合う。

 納得したように「なるほどな」とつぶやいた。

「ずいぶん人間に執着していると思えば、お前がさせていたのか」

「は!?」

 意味がわからずに聞き返す。神様はそんな羽柴――というか、状況を面白がっているようだった。

「――わかってないのか?」

 わずかに目をすがめて、口角を上げた。鋭い犬歯が見える。

「お前がコイツを人のように扱うから、コイツも勘違いしている。突き放してやるのが親切というものだろう」

「――なんの話ですか……」

 羽柴の質問に答えるつもりがあるのかないのか、一方的な言葉は続く。

「メシをやり、居場所をやり、必要とすれば、野良犬も応えようとするだろう。この外道がお前になついているのは、お前がなつかせたからだ。――野良犬を手なずけて放り出す気か」

 話が少しずつ見えてきた。

 シンは羽柴に執着している。

 その責任は羽柴にもある。

 野良犬に餌をやるような真似をするな。

 その遠回しな言葉に、羽柴は沈黙する。

「――……」

「好意、愛情、思慕に恋慕、コイツらに親愛の情は不要だ。むしろ邪魔になる。だからコイツは忌避している、そうやって自分を守る哀れな化け物に、お前はひとつずつ余計な感情を教えてどうするつもりだ」

 楽しそうに問われる。羽柴は視線をそらして、床で脱力したままのシンを見る。

 確かに、出会ってから、シンの様子は少しずつ変化している。

 だがそれが、自分のせいなどと、考えたこともなかった。

 それが余計なことなど、思いもしなかった。

「このままでは、いずれお前は死ぬ。半端に育った感情など重荷にしかならない。図体ばかりが大きな子どもに、重荷を耐える力はない。この化け物の事を想うなら、最初から構うな。それが愛情だ」

 冷たくあしらえと、その言葉に眉をひそめる。

 それはできない。

 したくない。

 羽柴はまっすぐ神を見返した。

「拾った犬をまた捨てろって言うんですか」

「それがその犬の運命だということだ」

「……俺はそんなことしたくない」

「なら、その覚悟はあるのか」

 思いもよらない言葉に、羽柴は思わずその言葉を反復する。

「――……覚悟」

「決まらないなら突き放せ。でなければ早晩こいつはお前の後を追う。――……もっとも、まあ、……この死神がどうなろうが、私には関係のない話だが」

 気になっただけだ。と、会話を打ち切り、そして神様は懐に手を入れて、二枚貝の貝殻を取り出して羽柴へと差し出した。

「怪我はすまなかったな。薬をやろう」

 その言葉に目を丸くする。

「……え、そのために来たんですか?」

「そうだ」

 短く肯定して、それから嫌そうに床に倒れるシンを見おろした。

「後は、ひと泡吹かせないと気が収まらなくてな」

 今の話は余談も余談だったのか、と冷や汗をかきつつ、平然とした態度の神様を見ると、にこにこと笑って「塗ってやろう」と言ってきた。

「後ろを向け」

「は、……はあ」

 羽柴は思考を止めたまま神様へと背中を向け、上着を脱ぐ。

 脱ぎながら、シンに対しては抵抗しか浮かばなかった事を思い出す。今はその心情的な抵抗は嘘のように消えていた。

「――……」

 その理由を思いあたらない程、鈍くはない。

 ひや、と背中を撫でられる冷えた手の感触と、ずき、と背中の傷が痛んで眉をひそめる。

「人は脆いな」

 ぽつ、と独り言のような声が聞こえる。

「それに短命だ。あっという間に死ぬ」

 特にお前はな。と言われて、うつむく。

「残される方の気持ちも考えてやれ。それだけだ」

「――考えます」

 苦し紛れの羽柴の言葉に、うむ。と鷹揚に返事をして、「終わったぞ」と神様が言い放つ。向き直って頭を下げる。

「ありがとうございます。ええと」

 そういえば名前があるのかな、なんて呼ぼう、と戸惑えば、床にあぐらをかいて羽柴の反応を見た神様が「ああ」と返事をした。

「稲荷だ。なんと呼ばれようと構わんが。いくつか名はあるから、ひとつぐらい増えたところで今更困らん」

「は、はあ……」

 稲荷さん、と呼ぶのもなんだか失礼な気がして戸惑いながら、「その……」と言葉を続ける。

「なんだ」

「シンは」

 その言葉に、横に倒れている死神の存在を思い出したのか、「そうだな」とわずかに嫌そうに返事をした。

「起こすか」

 そう言いながら、指を細縄にかけて引っ張ると、紙のようにあっさりぶつりと切れた。

「シン……?」

 羽柴の声に応えるように、シンがもぞ、と体を動かした。

「大丈夫?」

「……くそ……」

 どこかぼんやりした低い声に、稲荷が鼻で笑う。

「次は勝てないと思え」

「術を使う前に消してやる」

「だ、大丈夫……?」

 羽柴は慌てて上着を着ると、のろのろと起き上るシンをのぞき込む。

「手当してやったぞ。感謝するんだな」

 その言葉にシンがぎょっとして、それから羽柴を見た。

「……むつき……!!」

 責めるようなシンの声音に、羽柴は「だって、薬持ってきてくれたから……」と慌ててフォローに走る。

 シンはわずかに稲荷へと顔を向ける。不機嫌なのはありありと見て取れた。

「あなたに何をしようとしたか知らないからそんなことが言えるんです」

 その言葉に羽柴は目を丸くする。

「え? 何かされそうだったの?」

 まずい質問だったのか、シンが口を閉ざした。

 そういえば公園に戻った時、猛烈にシンは怒っていた。そのせいなのだろうか、とシンを見るが、まずい内容なのか答えるつもりはないらしい。

「――……」

「むつきの魂を手元に置いておこうとしたらキレた」

 沈黙をあっさりと打ち破ったのは、当の本人だった。稲荷の言葉に驚いて、確認するようにシンを見る。

「え」

 それであんなに怒っていたの? という視線から逃げるようにシンが顔を横に向けると「誤解を招く言い方はやめて下さい」と否定した。

「あなたが魂の理を無視しようとしたことに腹が立っただけです」

「だからひとりじめは許さんってことだろう?」

「……えーと」

 稲荷が物凄い話を要約しているように見えるが、嘘をついているようにも見えない。

 この会話にどうコメントしていいのかわからず、羽柴はふたりのやり取りをながめるしかない。

 シンが稲荷に食ってかかった。

「なんでそうなるんですか、ですから」

「何をそんなに慌ててるんだ」

「あなたが勘違いをしているからです」

「やけに執着しているのは事実だろう。惚れでもしたか?」

「……は?」

 ふふん、と稲荷は鼻で笑って、膝に手をついて立ち上がると、「ほれ」と手にしていたものを羽柴へと放った。

 放り投げられた貝殻を羽柴は慌ててキャッチする。

「たまに塗れ。傷に効く」

「あ、ありがとうございます」

 慌てて羽柴は頭を下げる。稲荷は腰に手を当てて羽柴を見おろした。

「さて、帰るか。礼は気にするな、油揚げで十分だ」

 あれおかしいな、背中の傷のお詫びにこれをくれるはずでは。それが顔に出たのか、稲荷は目を細めた。

「アドバイスは有料だ」

「――あれアドバイスなんですか」

 不毛なやり取りだった気もするが。羽柴が苦笑するが、神様はさも当然、とばかりにうなずく。

「当たり前だ。『神様』と話をできただけでもありがたく思え。また来てやるから準備しておくことだ」

「二度と来るな」

 疲れたようなシンの言葉を「命令されるいわれはない」とばっさり切り捨て、稲荷はその場から一歩後ろに下がる。

「――気が変わったらいつでも言え」

 その体が透ける。

「命を伸ばすなど簡単なことだ」

 羽柴へ言い放ち、そして、そのまま空気に溶けるように姿が消えた。

 目の前から消える緊張感のようなものに、羽柴は脱力する。

「なんなんだろう今日……」

 よくわからない事件が立て続けに起き続けているような感覚に、羽柴は床に両手をついて頭を垂れる。

 確かに背中の痛みは減っていて、動いてもそう痛くない。ありがたいようなありがたくないような、とぐったりする羽柴へ、シンが質問してきた。

「――何を言われたんですか」

 その言葉に沈黙する。


 ――『好意、愛情、思慕に恋慕、コイツらに親愛の情は不要だ。むしろ邪魔になる。だからコイツは忌避している、そうやって自分を守る哀れな化け物に、お前はひとつずつ余計な感情を教えてどうするつもりだ』


「んー……」

 羽柴は曖昧に返事をする。

「――……さあ」

 そして、平静を装って重い口を開く。

「よくわからなかったかな」

 その言葉に、シンは「なるほど」と何やら納得したようだった。

「まあ、ああいう類の言葉は難解です。理解できない事も多いですから、気にしない方がいいでしょう」

 その言葉に、嘘をついてしまったことに罪悪感を覚える。けれども、正直に言うこともできない。

 言えば均衡を崩す。気づけば距離を置こうとするだろう。

 羽柴は視線をそらして、視界からシンを外す。

「――疲れたから寝ようかな」

 風呂も何もかもしていないが、できるような気力もない。

 たまには全部放り出して寝よう。

 もそもそとベッドへとよじ登るようにはい上がり、そのままどさりと体を落として、シーリングライトのスイッチのリモコンを天井へと向ける。

 ぴ、と電子音と同時に部屋が真っ暗になる。

 疲れた。とにかく疲れた。

「布団ぐらいかけなさい」

 シンが羽柴の体の下から布団を引っ張り出して、体に布団をかけてきた。そのシンの手を探してにぎる。

 沈黙が落ちた。

 どうしてだろう。どうしてこうなったのだろう。そのどうしようもない自問の声に、自答は聞こえない。

 シンは黙ったままの羽柴の頭をなで、「無事で良かった」と小さくつぶやいた。

「失礼」

 そんな声と共に、羽柴の体が壁際へと追いやられて、隣に誰かが横になるような振動。あっという間に訪れた眠気の中で抱きしめられる。

 ぎゅう、と抱き寄せられて、シンの胸元へ顔をうずめながら、脱力する。

 そんなに自分が死ぬかもしれない状況が怖かったのか。

 夕方には手を握ろうとしただけで振り払われたのに、今はなぜかシンの方からやたらと抱きしめられている。

 存在を確かめないと不安なのだろう、とされるがままに体を任せる。後は眠気と疲労で動きたくない。

 それに、


 ――『この化け物の事を想うなら、最初から構うな。それが愛情だ』


 しょうがないじゃないか。

 一心に向けられる気持ちに心かたむかないほど幼くもないし、こうやって嘘をつくずるさだってとうに身につけている。

 自分の気持ちがシンへとかたむいているのをようやく自覚して、羽柴はわずかに唇を噛むと、そうっとシンを抱き締め返す。

 かたむけてはならない。分かっている。だけど。少しぐらい。今だけぐらい。

 幼い死神を抱きしめて、眠ることぐらい許して欲しい。

 自分に言い訳をしながら、そういえばやっぱりネックレスを返していない、と思い出す。

 もういいや、と全部を明日へ丸投げにして、羽柴はゆっくりと目を閉じた。


終。


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