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[chapter:1]

[chapter:1]


 店の片隅で、シンは黒くて長い衣服を体に巻きつけ、丸くなるように体を縮めた。

 珍しい、と羽柴は内心驚いて、あんまり凝視しないようにしながら、店内のオブジェのような様子で座っているシンを横目で見る。

 目隠しをしているので、その表情は見えない。なんというか、起きているのか眠っているのかも分からない。

 人間ではないのだから睡眠など必要ない、とでも言いそうではあった。事実眠っているところなど見たことはなかった。

 しかし、なぜだか不思議とシンが疲れているように見えて仕方がなかった。

 死神も体調を崩したりするのだろうか。

 ふとそんなことを考えながら、店長から頼まれた生花の入荷予定表を記録してゆく。

 今日は客が少なく、花の世話も比較的調子よく終わってしまった。

 もう少し陽が傾けば、買物帰りや帰宅途中の客が増えるが、中途半端なこの時間では、することもなく、店内の有線音楽の音量を落として、ただ静かに時間が過ぎるのを待つだけだった。

 黙々と書類を片づけ、やれやれ、と肩を揉みほぐしながら顔を上げると、うとうとしているシンが目に入って、ぎょっとする。

 こく、とシンの頭が揺れて、わずかに落ちる。少しずつ頭を上げるが、またこくり、と落ちる。

「……えー……!?」

 死神も寝るんだ。

 そんな衝撃的な事実の前に、思わずそらしてしまった視線をそろそろとシンへと向ける。

 目隠しをしているので、当然目は見えないが、うとうととしているのは明らかだった。

 ときどきこくりと頭が落ちて、ゆるゆる上がる。ということを繰り返していたが、その内にうなだれて動かなくなった。

「――寝ちゃった……?」

 出会ってから少し、この言葉は通じるけれど意思疎通にちょっと難があるこの死神が、眠っている姿など初めて見た。

 羽柴は、物音を立てないように、気配を消しながらそっとカウンターから出る。

 起こしたりしたら怒られそうではあったが、好奇心に勝てなかった。

 そろそろと少しずつ動いて、シンの目の前でしゃがむ。

 そっと手を伸ばして、その目の前で手を振ってみる。

 ――シンは反応しない。

「……寝てる」

 確信を持ってつぶやく。

 それにしても、改めて外見を見ると、人間のようにしか見えない。

「どんな顔してるんだろうなー」

 これまで目隠しを外しているところなど見た事がない。その下に顔がなかったらちょっと嫌だな、と思いながら眺めていると、首からかけている銀色のネックレスがわずかに揺れた。

 上から下まで真っ黒い衣装の中、それだけが少し存在が浮いている。

 たまにネックレストップをいじっているのを見かけるから、癖なのかな、と思ったところで、配達から店長が戻ってきた。

 慌てて立ち上がれば、その手にはなぜか配達に持って行ったはずの鉢植えがあった。

 話を聞けば、配達してくるのを忘れてしまったらしい。

 距離も近いし、歩いて持って行くと申し出れば、よろしく頼むと植木鉢を差し出された。

 ビニール袋に鉢植えを入れて、シンを横目で見ながら考える。まだ眠りこんでいるようだった。

 起こそうかな。

 いや、いいか。

 すぐにそう結論を出す。

 疲れてるっぽいし、寝かせてあげよう。

 近所に配達に行って戻るだけ、それだけだ。

 そう納得して、羽柴はひとりで店を出ると、目的の家に向かって歩き出した。



 その帰り、歩道の隅に、薄い茶色の毛玉が、小さく丸まっているのを見つけた。

「……なんだこれ」

 行きにはなかった。見た目からして動物のようだ、と近づけば、もぞもぞそれが動いて顔を上げた。

「か、……かわいい」

 まるっこい顔に、ぴんと立った三角耳。猫にも犬にも見えるその小動物は、まだ子どものようだった。

 羽柴は驚かせないようにそろそろ近づいてゆくが、その小動物は羽柴の存在に気づいても驚いた様子もなく、羽柴を見て、「くぅん」と小さく鼻を鳴らした。

「うわー、かわいい。どうしたの?」

 親は近くにいないのかな? と周囲を見ながら近づいて、しゃがみこむ。

 ゆっくりと手を差し出すと、自分から頭をおしつけてきて、ぐりぐりとこすりつけてきた。

「ずいぶん人に慣れてるね?」

 そしてその体を撫でて、背中に毛の流れが不自然なところがあることに気づく。

「あれ?」

 眉をひそめながら見れば、背中に怪我をしているようで、乾いた血液が赤黒くなって毛皮を固くしている部分があった。

「わ、大丈夫?!」

 痛がってはいないが、じっとしていた理由はこれか。だからこんなとこにいたのか、と慌てて立ち上がり、スマホをポケットから出す。

 店に電話すると、数コールで店長が出た。

「すみません、あの、ちょっと動物病院に行きたいんですけど……」

 おそるおそる事情を話せば、今日はそんなに混んでないからいいよ、とあっさり許可が出た。

 良かった良かった、と羽柴はその動物を抱えて、近くの動物病院へと小走りに駆けてゆく。

 羽柴の腕の中で、それは丸くなって居心地よさそうにしていた。

 その様子にほっとして、慣れない動物病院の受診をばたばたとする中、羽柴はすっかり、


 ――シンの存在を忘れていた。


+++


「……で?」

「スミマセン」

 不機嫌なシンの前に座って、ようやく口を開いたシンにとりあえず謝罪する。

「このキツネのせいで、遅くなったわけですね」

 部屋のすみに置かれた段ボールの中から顔を出し、きょろきょろしながら手を出して、段ボールをかりかりひっかく小動物を嫌そうに見ながらシンがつぶやいた。

 ――キツネ。

 結局、病院に連れて行ったところ、その小動物はキツネだということが判明した。

 出血したあとはあるが、怪我はなかった。治ったのかなあ? と医者も首をかしげて、痛がっていませんよね? と羽柴も首をかしげた。

 なら野生に返した方がいいのか、それにしても人懐っこすぎやしないか。それを問えば、先生もうなずいた。

「首輪がないけど、多分飼われてるキツネだろうね」

「飼い主がどこかにいるってことですよね」

 そう問えば、

「そうなんだけど、聞かないなあ」

 医者は壁の横にある、探し動物の張り紙コーナーを見上げた。

 待合室でも見かけたそれに、キツネを探す張り紙はなかった。

「キツネなんて飼ってる家は多くないと思うんだよね」

 しかし先生にも心当たりはないらしい。

「……そうですか」

「もし飼い主が見つからなくて、飼えないなら、行政の動物ボランティア制度を利用するといいよ。もしかしたら誰か飼ってくれるかもしれない」

 そうして、連絡先を渡される。結局、怪我もしてなかったし、怪我をした鳥獣保護は良いことだから、ということで特別値引きされた料金を支払って、キツネを連れてそのまま店に戻ると、


 ――ものすごい不機嫌な担当死神が待っていた。


 帰宅しながら謝り、帰宅したあとも謝れば、ようやく機嫌も落ち着いたらしいシンがぽつりと言った。

「……心配したんですよ」

 死神に安否を心配される矛盾を感じながらも、目を覚まして驚いたであろうシンの心境を思えば無下にもできずに、何度目かの謝罪を口にした。例えるなら、迷子になった子どもから何でいなくなった、と逆ギレされる保護者のような気分を味わう。

「悪かったよ」

「寝ていても起こして構いませんから」

「え、えー……うん」

 消極的に羽柴がうなずいた。

「なら結構」

 シンはそう締め括り、それから少しだけ嫌そうに眉をひそめた。

「……それで、このキツネは……」

 猫嫌いのシンはキツネもあまり好きではないらしい、そう感じながら羽柴はごまかし笑いを浮かべる。

「引き取り手がみつかるまで飼おうかと……」

「……これを?」

 心底嫌そうにシンが反応した。

「だめ?」

 言いながら羽柴がキツネを見ると、そのキツネはシンの方を見て、ふすふすと鼻を鳴らしながらまばたきをした。

 それを見て、羽柴は首をかしげた。

「あれ、もしかしてシンのこと見えてる?」

 羽柴の疑問に、シンは嫌そうなオーラ全開で「見えてますね」と短くつぶやいた。

「……稲荷神社というものを知っていますか。キツネは元々神々の使い、眷属ですからね、見えていても不思議はありません 」

「へー、すごいんだね。神様の使い、かあ」

 羽柴の感想に、シンは皮肉げな冷笑を浮かべた。

「いいことありそうだね」

「どうですかね。神というのは、見方を変えれば非常に独善的で傲慢です」

「ふうん」

 比較的、物事に無関心なシンにしてはやけに感情的な言い回しだな、と思いながら羽柴は相づちをうつ。

「人の死期を勝手に決めて、あげくに引導を渡すことは死神に丸投げです。アナタは会ったこともない神様のおぼしめし、とやらで死ぬんですよ」

 まるでその『神様』を知ってるような口ぶりだな。と考えながら「ふーん」と曖昧にうなずく。

 死ぬと言われても現実感はないままだ。

 いつ、どこで、どうやって死ぬのか分からない。けれども必ず死ぬという。そんなちゅうぶらりんの事実だけ告げられて、いつやってくるかとも分からない死を待っているような日々。けれどもなぜか不思議と怖くなかった。

 あるいは、まだ現実感が薄過ぎで、態度が決まらないだけかもしれない。

 ようやくシンの機嫌も直ったし、もう寝ようかな、と思いながら小さくあくびをする。それから時計を見て、そろそろ準備をしよう、と立ち上がる。

 シンはため息をついて、浮かびもせずに壁際に寄りかかる。億劫そうなその仕草は、やはり普段と違って見えた。


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