第95話 邂逅Ⅱ
マナに手を引かれるがまま時空の狭間と呼ばれる部屋へと入る。
入った先には大きな銅像が立っていた。
「何よこれ....」
「ゼルセラが作った国の中央都市グレーステよ」
巨大なグレースの銅像は輝き辺りを見渡せばこの銅像は等間隔で配置されている。
最早悪趣味の領域だ。
だがグレースの趣味でないのは明らかなので心にとめない事にする。
「さぁ早速ストーリーモードをやるわよ」
「すとーりー?もーど?」
「エミールも知りたいでしょ?自分自身とグレースがどんな冒険をしたか」
当たり前かの様に首を傾げながら話すマナに少し戸惑いながらも首を縦に振る。
「正直....エミールにとってとても辛い話になる。でも貴女も知る必要がある」
頷く事でそれを肯定しマナの後をついて行く。
やがて森の方まで来ると不意に目の前に文字が現れる。
≪ストーリーモードを開始しますか?≫
マナは迷う事無く【はい】を選択する。
難易度は私に合わせてか難度1。
さらに項目を進めて行く
プレイ人数。
2人
メインプレイヤー。
エミール
アイテムの受け取り。
自動
経験値の獲得。
有
チュートリアル。
無
「あの時は全部グレースに任せたけど意外と入力する項目多いのね」
全てを入力し終えると世界は暗転しロキが現れる。
≪この世界は殺戮と暴力が犇めく世界、魔族と天使は争いを続け人間は滅びてしまった、一匹の妖精はそんな世界に嘆き一人の英雄を呼んだ≫
≪切なる願いに答え英雄はその地を平定する、これはその英雄の辿った軌跡≫
「君はそんな英雄になる、名前を教えて」
「エミール」「マナ」
聞かれた通りに名前を言うとロキは鷹揚に笑う。
「いい名前だね。それじゃあ君は君の冒険を紡いでね、英雄様と同じようにはいかないと思うから」
その言葉を最後に世界は再び暗転し視界が切り替わるとそこは先ほどまで居た森だった。
「チュートリアルは無い設定だから...戦わなくていいのよね?」
「私に聞かないでよ...」
どこか頼りないマナの後ろに隠れる様にしていると足元に違和感を感じる。
「なんか歩き難いわよ?」
マナの言葉を肯定し違和感の正体を確かめる為に辺りを見渡す。
2人で同時に背後を見るとそこには大量の蜘蛛が犇めいていた。
『キャー―――!!!!』
あまりの量に叫び声をあげると突如背後から斬撃が飛び巨大な蜘蛛を両断する。
斬撃を飛ばした正体を見た私は思わず固まってしまった。
「私...」
助けてくれたのは自分と瓜二つの姿をした女性だった。
「人類の生き残りがまだ居るなんて...」
不思議に思いあらゆる角度から自分自身を見るが本物に限りなく近い。
「急いで逃げましょう!走れる」
私の手を引き私が走る。
手を引かれるままに走り長い森を抜ける。
抜けた先には開けた草原地帯が広がっていた。
「チュートリアルカットするとこうなるのね...」
知ってると思いマナについてきたがどうやらマナはあまり詳しくない様子。不安は募るばかり...
私の横を私が歩く。
私は楽しそうに国の事を話す。
私と妹達しか知らないようなこともペラペラと話す私自身に関心する。
「本当に私なのね...」
「いまさら何を言ってるの?それとここから先は貴方にとっても辛いから覚悟だけはしとくのよ」
「覚悟ってそんな大げさ...な....」
視界に入ってきたのは空に広がる黒煙だった。
王国の方から上がる黒煙が目に入り力が抜ける様な感覚を覚える。
「う...嘘...私の街が...嘘...違う...お母さんっ!!エイカっ!!」
もう一人の私は涙を流しながらも全速力で焼けた国へと駆けて行く。
そんな後ろ姿を見ていた私も何故か涙を流していた。
「大丈夫?まだあなたは失ってない。元の世界に戻ればエイカもお母さんもしっかりと存在するわ」
マナの言葉は理解できていた。だが、涙は自然と流れた。
「さぁ追うわよ」
「う..うん」
先を走る私の後を追う。
王都の中に入ればそこは不死者達がそこら中に溢れていた。
大通りを駆ける私を追う。
周囲には死体の山が出来ており漂う腐乱臭が鼻先を刺激する。
吐き気を抑えながらも必死について行くが突然エミールは姿を消す。
「き、消えた?」
「システム的なものよ!まずはこの不死者達を始末するわよ」
マナの言葉に合わせ剣を鞘から取り出す。
迫りくる不死者の大群を前に苦戦を強いられる。
私が苦戦している最中マナはひと薙ぎで殲滅する。
「前より段違いで強くなってるじゃない....」
「逆よエミール、貴女が弱いのよ」
勝ち誇ったかの様な表情を浮かべるマナに思う所はあるが自分が弱いからなので唇を噛みしめる。
それにしても最初の敵が強すぎるのよ...
「最初とは言え修羅の世界なのよ?生半可なステータスじゃ勝てないわよ?」
「何故....私は普通の人間よ?」
「いざとなれば私が守るから安心して」
その場の不死者達を一掃してマナの後ろを歩いていく。
大通りを抜けた先の角を曲がった先のT字路の道。
その道は記憶に残っている。
何度も行き来した道だ。
雨はどんどん強くなっていく。
土砂降りの雨の中一軒の家の前で立ち尽くす私自身がいる。
剣を抜いた私の足元には死体が転がっており足元に血だまりを作っている。
両断された二つの死体をじっと眺める。
「私の家族だったんだよ...不死者になっちゃったけど...私の...」
私自身の言葉に気付かされ思わず口元を抑える。
大切な家族を自身の手で斬った事。
色々な感情が混ざり吐き気を覚える。
マナは私の背中を優しくさする。
立ち尽くすもう一人の私は血溜まりの中から指輪とネックレスを拾い上げる。
私もエイカにあげたやつだ....
「これね...私がお母さんに上げた聖女様の加護の掛かったネックレスと妹が聖騎士になるからって特別に上げた私の聖騎士の指輪なの...」
さらにもう一人の私はエイカの懐から落ちた手紙を拾うとそれを私達に向ける。
覚悟を決め渡された紙を受け取ろうとしたらそれをマナが奪い取る。
「これは見る必要ないわ...」
不満気な表情を浮かべたが私は心のどこかで安心していた。
頭では覚悟したつもりだが心は全く準備できていなかった。
少しの間、遺体を抱えるもう一人の私を見守ると視界は急に切り替わる。
「ここは....」
そこは王都が一望できる丘だった。
母親と何度も一緒に来た。最近では妹ともよく来る場所だ。
だが...今見える景色はいつもの様な綺麗な街並みでは無く。
今はただ暖炉で燃える薪の様な街並みが広がっている。
そんな景色を眺めていると周囲の空気が重くなった様な感覚に陥る。
「何!?あの時はこんな事....!?」
マナの困惑する姿にこれは異常事態だと言う事が伝わってくる。
すると驚くことに私自身の右手が光輝いている。
なんとなく右手を眺めると急に謎の空間が開く。
「【収納】?何かアイテム入ってない?」
マナに言われた通りに中を見てみると一つのペンダントが入っていた。
「もしかして...【収納】のスキル持っていたの?」
「そんな高等スキル持ってないわよ!!」
見知らぬスキルの中に既に入っていたアイテムを私は知らない。
ペンダントを開くと中には二人の人物が笑顔で映っていた。
「これって...チェルディスが描いた絵よね....どうしてエミールが....」
ペンダントは白い光を放ち辺りが白に染め上げられる。
そして光は急速に私に襲い掛かる、抵抗するまでも無く私の意識は溶けて行く。
「しっかりしなさい―――エミ―――....」
遠い世界でマナが必死に私を呼ぶ。
私に一体何が起きたのだろうか...。
「とっとと起きなさい!まったく軟弱ね...」
近くで聞きなれた声が聞こえる。
それはマナの声じゃない。
はっきりと自分の意志を持った...私自身。
薄目を開くと目の前には私が居た。
こちらを見て呆れた表情をする私自身。
「そろそろ意識がはっきりとしてきた頃かしら?」
朧気な意識を振り払うように首を振ると追い打ちを掛けるように軽く平手打ちをされる。
「いッ!痛い!!」
「え?痛覚あるの?」
つい反射的に言ってしまったので慌ててそれを否定する。
普通に痛みは感じていない、叩かれたので痛いと脳が勝手にそう思い込んでしまった結果だ。
「いまのは条件反射っていうか...痛みは無いみたい...」
「でしょうね...ここは精神世界よ?あんたに痛みがあったらこっちが困るわ」
再び呆れている私。
一呼吸置いた私は真剣な表情でこちらを見つめる。
「まず初めに言っておくけど...私...この記憶は貴方に上げないから。これは私だけの宝物だもの」




