第92話 悲劇
注意
※胸糞回です。
夜エミールは覇王城を飛び出した。
理由ははっきりとしていた。
会ったばかりのはずの吸血鬼は数時間でグレースと仲良くなり恋人になり子供まで作った。
あまりの速さに状況を掴めずに居たが...冷静に考え飛び出す事を決めた。
王都まで戻る、未だに賑わう繁華街を通る。
賑やかな声はうるさく感じる程。
そんな繁華街を眺めながら適当に歩いているとやがて人気の無い路地まで来てしまう。
「ここらへんは人気ないのね」
妙な気配を感じつつも足を進める。
警戒を絶やさずに歩みを進め敵のおおよその人数を把握できるまで様子を見る。
6人か....問題はない....
剣の柄に手を掛けると不意に力が入らなくなる。
一体何が....まさか....弱体化?こんな街中で?ありえ――――
意識が遠くなっていく中指輪が外れる。
指輪の効力が切れたのか輪のサイズが変わり指からすり抜けて落ちてしまった。
せっかくグレースから貰ったのに....
そう思い手を必死に伸ばし拾おうとすると伸ばした手に激痛が走る。
手には短剣が刺さっており自分の手から鮮血が流れ出している。
「団長!女が妙な指輪を取ろうとしていました。こちらで押収しますか?」
団長と言われた騎士風の男は指輪を拾うと鼻で笑う。
「ふん、場所を特定する効果が発動している。持ち帰るのは愚策だ。壊すとしよう」
だめ...壊さないで....それは私の...
男は指輪を宙に投げ剣を抜き指輪を斬る。
「どうやら頑丈なようだな。まぁいい追跡される事は無いからな」
男は剣を鞘に戻すと指輪を路地の暗がりに捨ててしまった。
「行くぞ!女は予定通り盗賊に預ける。野蛮な愚図共だが報酬は前払いだからな」
もう一人の騎士が物陰から現れる。
「ですが大丈夫でしょうか...剣姫ともあろう人がこの程度で終わるとは思えなくて...」
騎士風の男の配下が心配そうに聞く。
だが、男は鷹揚に頷く。
「その気持ちは分かる。昼間の闘技大会での剣技は凄まじい物だった。だが所詮は人間。対個人用の魔法装置の前ではどんな人間も赤子と同じだ」
「それもそうですが....剣姫と相手していた男の強さはそれを凌駕するものでした...」
男は気弱な部下の背中を強めに叩き励ます。
「臆したか?ほら、さっさと女を運べ、お前の不安が的中する前にな」
「は、はい!!」
いやだよ...グレース...負けられないのに...
遠のく意識の中で思い浮かぶのはあの人の姿だけ。
今にも助けてくれる。そんな気がしていた。
だが、彼は現れなかった。
そうだよね...奥さんあんなに酔ってたもんね...
私じゃ...ダメなのかな...
目が覚めると騎士たちは居なかった。
両手足は拘束具が付けられており外す事は困難に思えた。
足には鉄球が付いている。私は猛獣か何かだと思われているのか?
普段であれば問題ない重さだが...体に力が入らない。
私が目覚めた事に気が付いたのか盗賊の一人が近寄ってくる。
気味の君の悪い笑みを浮かべ私の手を触る。
「へぇ剣姫って言われる割に手は少女みたいに柔らかいぜ?」
「触るな!!」
強めに言ってみたが逆効果だったみたいだ。
顔を掴まれ大振りに右手で叩かれる。
乾いた音が響く。
弱体化のせいで唇が切れ血が滴る。
もう一発くらい叩かれるかと思い衝撃に備えいると昨日聞いた声が聞こえる。
「何をしているんだ!!その方は剣姫様だぞ!何を考えているんだ」
昨日は兜を被っていたので気付けなかったが...
気弱な声の持ち主は青年だった。歳は妹のエイカと同じ位に思えた。
良くて20悪くて18くらいだろう。騎士見習いだろうか。
青年は盗賊の男を止めたがそれに逆上した盗賊が青年に拳を振るおうとする。
「いい加減にしろ!!」
その言葉に盗賊たちは静まり返る。
これも昨日聞いた声だ。
「へへ団長さん、このガキが舐めた口きいてくるもんで」
「お前たちが一方的に悪い!!我々が出した依頼は二日間の剣姫の保護だ!忘れたわけではあるまいな!!」
「覚えてますよ団長さん!!」
下手に出る盗賊を鋭く睨み付ける。
「我々は少し出る。いいか傷をつける事は許さんぞ!!」
そういい放ち出て行ってしまった。うそでしょ?
こんな状況で出て行かれたら...私どうなるのよ?てか二日間なんて長すぎよ....。
だが、盗賊が私に手を出す事は無かった。
退屈そうな表情ばかりを浮かべているが意外と冷静に私に食事まで運んでくる。
これも契約の内だろうが、あの男と青年には多少の感謝を抱いてしまうな。
難を逃れた訳では無いがひとまず...と思った時だった。
「なぁ...ほんとに俺らなんも出来ねぇのか?傷はつけるなと言われたが遊ぶなとは言われてないよな?」
「たしかにそうだな...挿れなきゃ問題ねーだろ。一応商品だからな」
「別に挿れてもいいだろ?」
「馬鹿が!もしあいつらがこいつは処女だと知って捕らえていたらどうすんだよ!」
「は?本気で言ってんの?この見た目と歳で処女はねーだろ?」
「万が一って事があんだろうが」
「まぁそれもそうか」
ちょっと待って!!雲行きが怪しくなって来たじゃない!!それに私は処女よ!!と怒っても自分にできる事はない...
男たちが近づいてくるので目を閉じる。はぁ...どうして私がこんな目に....
考え込んでいると何かドロッとした液体が顔に付着する。
なに?毒?すごい臭いんだけど?!
目を開けると男たちは下半身を露出させいちもつを上下に動かしている。
「ちょ!ちょっとあんた達何してんのよ!!!」
男たちは私の言葉に驚き顔を見合わせる。
「おいおいまじかよ....この反応処女だぜ?」
「こりゃあ俺我慢できそうにねーぞ?」
「程々にな」
男の一人が後ろに回りこみ鎧のすき間から手を入れ胸を揉みしだいてくる
「やめなさい!!」
もう一人スカートの中に顔を突っ込む。
息が当たって気持ち悪い。
気持ちわるい!!
嫌だ...いやだよ...
助けて....グレース...怖いよ....
スカートに入っていた男は立ち上がる
「何お前だけ気持ちよくなってんだよ!ほら口開けろ!」
イッ!イヤッァァァァァァァァァァ!!!!!
―――――――――――――――――――――――――
マナ、ゼロ、ルノに指示を出した俺は直ぐに蜘蛛王のいる場所に転移する。
大魔王とか言うどうでもいいゴミが取引を持ち掛けてきたとか言うしょうもない事で俺はここへ来た。
そこは薄暗い所で少しじめじめとした洞窟の様な場所だった。
転移すると直ぐに一匹の巨大な蜘蛛がこちらによって来る。
「これは覇王様。遠路はるばる―――」
「殺されたくないならさっさと案内しろ」
蜘蛛のくだらない言葉を遮るように俺は言う。俺にのんびりしている暇はない。
たかが悪魔一匹風情に構っていられる時間など無いのだ。魔力をばらまきながら蜘蛛の後をついて行く。
やがて少し広い空間に出るとそこには多くの蜘蛛達に囲まれた少女の姿がある。
クモ達は完全に苛立っている俺を見ると直ぐに道を開ける様に動く。
俺が一歩一歩と歩みを進めると蜘蛛王は怯え涙を浮かべる。
「要件を手短に話せ。俺は今急いでいる」
「は、はい...え、えっと、大魔王の....サ...サタンと言う大悪魔が―――」
要領を得ない話に俺の苛立ちはピークに達しそうであった。
軽く覇王覇気を出し威嚇する。
「聞こえなかったか?俺は急いでいる!お前の意見をさっさと言え。俺につくのかサタンにつくのかどっちだ」
全ての話を飛ばし俺は蜘蛛王の少女に決断を迫った。
涙は目から溢れ出し、震える手を握り締め決意を固めた少女は俺に誓う。
「わ、私は!!覇王様についていきます...」
少女がその言葉を発すると俺の背後で手を叩きながら鷹揚と歩く金髪の美青年の姿が現れる。
漆黒の翼と禍々しい角を生やした青年は笑う。
「流石だね...覇王....あのヴェルナータが屈しただけの―――」
俺は青年の話を聞かずに持っていた【覇邪聖王神斬 刃皇】を振り斬撃を飛ばし首を刎ねた。
刎ね飛ばした首を掴み覇王覇気を完全に発動させる。
「さっさと精神生命体になったらどうだ?」
悪魔は精神生命体だ、この世界には肉体である依り代に宿り始めてこちらの世界で力を振るう事が出来る。
故に肉体を失ったとしても精神生命体となり元の世界に戻るだけだ、それも最高位の悪魔ともなれば簡単にこの世界に干渉することが出来る。
青年は逃げる様に肉体を捨てる。
【覇王之御手】を使用し魂を掴み別空間にしまう。
吐き捨てる様に舌打ちをする。
「雑魚が....煩わせやがって...」
「あ、あの...」
怯える少女が声を発するので俺は視線を戻すと同時に覇王覇気を抑える。
「なんだ、俺は急いでいると言ったはずだ、まだ何かあるなら、後にしろ」
俺は少女の懇願を完全に無視して王都へと転移した。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ルノアールは主からの命令を遂行するために二人と協力をして捜索に当たる事になる。
一人は主の第一妃のスカーレット、もう一人はご子息のゼロ。
自分の力を最大限に使い必ず見つけ出す。
自分の主人のあんなに激怒した姿を見たことが無かったからこそ迅速に行動する。
失敗は許されない。
「私は王都の上半分を捜索します。お二方は下半分をお願いします」
それだけを告げ転移する。一秒と言う時間が惜しい。
王都の上空に転移し四神を召喚しオリジナルを探すように指示を出し散開させる。
四神は常人には視認することすら出来ないのでそのまま行かせる。
四神には念のため王都の外の捜索に向かわせた。
万が一王都の外へ連れ去られた時に探すのが困難になってしまうからだ。
四神を放ったと同時に地上へ降り立ち自身に【認識疎外】と【完全不可視化】の魔法を発動させ街を駆け抜ける。
数秒かけて王都の上半分を探したがオリジナルは見つからない。
僅かな苛立ちが脳内を支配する。
ふと光物が目に入りその場に降り立ってみる。
そこにはこちらに来る時にオリジナルに渡されたと思われる指輪が落ちていた。
すかさず主に連絡を取る。
(ご主人様、エミール様が落としたと思われる指輪を発見しました)
(本体はまだ見つからないのか....俺は先にプランチェスの元へ向かう)
(王女の元へですか?)
(あぁ、なにやら見かけない帝国の紋章をつけたガキを捕らえたそうだ)
(その少年が怪しいと?)
(いやまだわからない、だが、エミールは帝国に狙われる節がある、どこかで繋がっているのかもしれん)
(畏まりました)
既に主は片方の仕事を終え捜索に回っているようだ。恐らくその少年がつながって居れば。オリジナルの居場所を突き止めてくれるだろう。
時間にして数秒後だ。
再びご主人から思念通信が届く。
(見つかったぞ。王都南の雑貨屋の通路を左に曲がった場所だ!)
指示を聞いた瞬間に転移をした。
どうやら先を越されてしまったみたいね。