第90話 主護天使ジルニル
覇王VS覇王。
その戦いもオリジナルの敗北と言う形で幕を閉じた。
自分の無力さを嘆いたゼルセラ、茶々丸、メトラ、デフォル、キーラはもう少しここに残り強くなるために冒険すると言う。
そんな彼女らを見送り俺、シーラ、マナ、ゼロ、シルビアは元の世界へと帰る。
ゼロにとっては初めての世界。
力の制御とかその辺りはシルビアに教えてもらっているので問題はない。
ゼロにやりたいことはないのかを聞くと自信満々に答える
「私は冒険者になります!困っている人が居るなら助けたい、それに色んな事を知りたいと思っています!だめでしょうか...」
自身の力を人の為に使おうとする息子の意志を親が否定すると思うか?答えは否。
元々束縛する気もない、力をつけさせたのは自分の身は自分で守らせる為だったのだから。
冒険者になりたいと言うのも想定の範囲内だ。
予想通りの言葉に俺とマナは互いに目配せをし笑う
「あぁ好きにやっていいぞ!進みたい道に進め俺の様にな」
「お父さんの様にわがままなだけじゃだめよ!何かを成す時には必ず信念をもちなさい!それがきっとあなたの支えになるわ」
俺の前で俺の様になるなと...失礼な事を言う!!これでも俺は覇王だぞ?信念もってるんだぞ?統治者なんだぞ!!
そう思いカッ!っとマナを睨んでみたが逆に鋭い視線で睨まれてしまう。
ずびばぜん....
父とはこう言うものなのだろうか...うぅ....
そしておれ達は時空の狭間を抜け元の世界へと戻る。
転移先は俺の城だ。
故郷に戻って来た様な安心感。落ちつくぅ....。
俺が腕を伸ばすと恐らく待機していただろうフリューゲルが声をかけてくる。
「おかえりなさいませご主人様」
「ルミスか、今戻ったぞ」
今日の当番はルミスだ。桃色の髪をし水色の瞳、ぱっつんな前髪がとても似合う子だ。
「お連れ様はどのような方々でしょうか?」
これは知らなくても仕方がない、マナは成長しているしシルビア、ゼロ、共に向こうで生まれた存在だ。
「俺の妻と息子それから俺の眷属だな」
『妻』と『息子』と言う単語を聞くとルミスは瞳孔を開き呆然とした表情を浮かべる。
「だ、第一妃のスカーレットよ!第一妃....ね?」
なぜそこを強調したのかは知らないが慌ててマナが誤魔化す様に言う。
そして何を安心したのか胸を撫で下ろすルミス。
「そうですか...安心しました、これからの予定はお決まりですか?」
「特には無いが...」
時刻は既に午後21時程。本来の吸血鬼であればこれからが活動時間だ。だが規則正しい人間のような生活を行うマナとゼロは普通に就寝の時間だ。
「まずは飯にでもするか!」
俺の言葉を聞き嬉しそうにするゼロとマナ。
それはそうとエミールはどこに居るのだろう、あいつも時空の狭間に来ると思ったんだが...。
「そういえばエミールはどこに居るんだ?」
俺の問に対しルミスは戸惑いも無く答える。
「チェイニー様と稽古をされた後、脱衣所に向かわれたのでそろそろ...食事の時間ではないでしょうか?」
そうか、エミールも食事か。と納得した俺は全員を連れルミスを先頭に食堂に向かう。
到着したが食堂に居るのはほとんどフリューゲルだけだった。
俺とシーラはいつもの席に案内され、マナ達の席もフリューゲルによって準備された。
料理長であるドミナミがメニューを聞きに来て石化する。
「どうしたんだ?」
俺の問に引き攣った顔をしながらマナとゼロの事を聞いてきた。
「この二人は俺の―――」
「第一妃のスカーレットです!!第一妃の!」
そして先ほどのルミスと同じ様に胸を撫で下ろす。なんだというのだ?
「私は息子のスカーレット・ゼロ・シュテルケです」
「まぁ」
ゼロが挨拶をするとわざとらしく驚きゼロの匂いをクンクンと嗅ぎ始めるドミナミ...。
「本当にそのようですね。ゼロ様からはご主人様と同じ香りがします」
満面の笑みを浮かべるドミナミの横をたまたま通り掛かったルノアールが楽しそうにこちらに駆け寄ってくる。
「え?なになに?ご主人様の子供!?」
などと興味津々にゼロを眺める。
そんな光景を横目にドミナミに食べたいものを伝える。
料理を待つ間、俺はルノに自分自身と戦った話をした。そして負けたことも。
「―――それで俺はジルニルに負けた訳なんだ」
何気なく話をしていたので自分の回りの数人しか聞いないと思ったが俺の最後の言葉に全員は一斉に声をあげた。
「えぇぇぇ!!」「あのジルニルが!?」「参加してないからスキルなんて...」「ゼル様よりも強いってこと?」
「私の子供よ?!」「ありえないわ!!」
言葉が飛び交い全員の視線は未だに状況を掴めていないジルニルに注がれる。
広い食堂の隅のテーブルでリーエルと食事をしていたジルニルは急に全フリューゲルから注目を浴び困惑する。
ごめん...ごはん中なのに巻き込んだ....かなり申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
俺が手を叩くと一瞬で静まり返る。
「ちょっとご主人様!ほんとなんですか?うちの子がご主人様に勝ったっていうのは....」
「あぁ本当だ、まぁ信じられないだろう、これを見るんだ」
俺は指を鳴らし大スクリーンを作りだし覇王戦をフリューゲル達と改めて見る。
途中までは戦闘を食い入るように見ていたが...覚醒したジルニルが出現すると再び視線はジルニルに注がれる。
そして戦闘が終わるとドミナミが慈母の様な微笑みでジルニルを呼ぶように手を招く。
トテトテと歩き困惑の表情を浮かべるジルニルのぽっぺを掴むドミナミ。やめて怖い。
「ジルはどんなスキルを持っているの?」
「そうだよ~お母さんに言ってごらん」
ルノアールとドミナミは笑顔でジルニルに詰め寄る。
訳が分からないジルニルは目に涙を浮かべる、流石に見ていられないのでジルニルに助け舟を出す。
いや、この場合は助け船を出すと言うより、船で引き揚げると言った方が近いだろうか。
俺は【覇王之威光】を使いドミナミとルノアールを操作し強制的にジルニルを救い出したのだ。
「まったく母親とあろうお前たちが我が子に詰め寄ってどうするのだ!」
「す、すいません...つい...」
助け出したジルニルを膝の上に乗せジルニルの能力を話す、確証はないが俺とシーラの仮説だ。
「恐らくジルの強さの原因はこのスキルだ」
俺はジルニルの所持しているスキルを表示させる。
【子を護る母の矜持】
「このスキルは未だ判明しては居ない...俺とシーラの仮説だが恐らく『俺が危機に陥れば陥る程、子の力を代用し増幅させる』そんな能力だと思われる」
ほぼすべてのフリューゲルがその効果について考える。俺もこれをシーラに聞かされた時は信じられなかった。
「そしてこれも仮説に過ぎないが、子、つまりは俺の危機の度合い応じて力の行使できる範囲が変わってくるのだろう、俺の貞操がゼルに狙われた時は覚醒だけで力の行使までは出来なかったからな
そして二回目、マナにの攻撃によって俺が心にダメージを負っている時、ジルニルは魔法陣の組み立てまでできたが、体になんらダメージを負っていない事から魔法の発動まではいかなかった。
そして今回、命の危機に瀕した俺を護るために完全なる覚醒を果たしたジルニルは魔法を構築し発動に至った。つまり―――」
「ご主人様を倒せそうになったとしてもジルがそれ以上のステータスで襲ってくるってこと?」
「そうゆうことだ、当然俺のステータスを数倍化したジルには俺も勝てないな」
俺は優しくジルニルの頭を撫でる。
フリューゲル達がざわめき始めるので俺は指を鳴らし鎮める。
「そこで俺はジルニルの為に新たに階級を作ることにしたのだ」
俺の言葉に全員が固唾を飲み真剣に耳を傾ける。
「【主護天使ジルニル】とする。ほんとは傍に置きたいが学院があるから卒業後だな。しっかりと学院で学ぶんだぞ?」
ジルニルは満面の笑みを浮かべ返事をする。
フリューゲル達も納得したようなので正式に主護天使に就任だ。
そうこうしている間にエミールがチェイニ―と共に食堂へと現れる。




