第106話 旅の終わりに
脳内の私の言う通りにしグレースの後に続き過去に戻った。
そそり立つ石の壁に私が驚いていると、見たことも無い金属の塊が私の前を通り過ぎて行く。
どうやらあれは人が操っている物の様だ。
(あれは車よ、金属を加工して...簡単に言うと馬車ね。)
(馬車って馬が居ないじゃない....)
(物の例えよ!馬の代わりにガソリンで走ってるのよ)
(ガソリン?魔法の一種かしら?)
(もういい...説明は無しよ...)
グレースに魔法をかけて貰ったので周囲の人達から見られる事はない。
だがみな一様に手の平を見つめながら歩いている。
いったいどんな習慣なのだろう...
私がそんな事を思っていると私の中の私が呆れたように溜息をつく。
未知の世界への不安もある私に対し溜息を付かれると流石に傷つく...。
(それよりグレースと離れてよかったの?)
(問題ないでしょ、あいつは強いんだから、それに私の目的は決まってるから、あ、そこ右ね)
言われた通りに路地を曲がるとビルと言う建物の入り口が見えてくる。
入り口の扉がガラスで出来ているなんてすごい事だ、壊れたりしないのだろうか。
入ろうと押してみるが一向に開く気配がない。
引いても同じだ。
びくともしない。
私の苦戦を他所にエミィは脳内で笑い転げる。
こいつ....
(横のボタンの方に行ってくれるかしら)
ガラス張りのドアの横にはたしかに押せそうな何かがある。
(たしか0328だったはず)
言われた通りにボタンを押していくと何かの仕掛けが作動した音が鳴り今迄びくともしなかったガラス張りの扉が横にスライドして行った。
(そこのエレベーターに入って目的地は屋上ね)
私がもたもたしながらと言うと聞こえが悪いが私としては頑張っている。
謎の装置を扱い謎空間に閉じ込められ、謎の浮遊感を味わう。
すると押してもないのに屋上以外の場所で止まり扉が開く。
入ってきたのは女性だった。それも満面の笑みを浮かべている。
入ってきて一人だと思ったのかなんかのセリフの練習を繰り返している。
「何をしているの?」
最初はしっかりとした口調でそう呟き、次は可愛らしく言葉を柔らかくして同じことを口にする。
一人だと思っていたならごめんなさい....。
なんだかこちらまで恥ずかしくなったが私の中の私の方が恥ずかしそうにしている。
共感性周知と言う言葉があるように恥ずかしい事をしている女性を見ると私まで恥ずかしくなってしまう。
やがて扉が開く。
そこには、すべてを溶かしてしまいそうなオレンジ色の夕日が広がっていた。
その景色の片隅には男性が1人。
私がその光景に見とれていると一緒に居た女性が歩き出し、その男性に話しかける。
先程の予行練習と同じように話しかけるが男性は驚き体制を崩してしまう。
男性はビルから弾かれるように落ちて行きそれを追いかける様に女性もビルから飛び出していった。
その瞬間に世界が止まったかのような感覚に陥る。
私の中から半透明な私が現れる。
「それじゃあ約束通りだね。私は健太くんを貰う。その代わりあなたにはグレースをあげる」
「ちょっと待って!!こんなにあっさり別れるの?自分自身との別れってもっと...」
優しく微笑むもう一人の私を見ていたらいつのまにか私の目から大粒の涙が溢れた。
「私ももっと居たいよ...私自身と...グレースと。でも、これ以上私の力で時を止めておけないから...」
「待って...まだ私...お礼を言ってない―――」
私の言葉を遮る様に世界は動きだす。
「―――さよなら。エミール」
儚げな表情を浮かべもう一人の私はビルの外へと飛び出していった。
―――――――――――――――――――――――――――
俺がフラフラと歩いていると見覚えのある道に出る。
「どっかで見た事あるなこの道路...」
だが、残念ながら俺の記憶の引き出しからは出てこない。
どっかで見た事あるようなないような....
記憶を探りながら町をフラフラと歩く。
分かったことは走れないと言う事。
この世界は魔力の濃度が限りなく少ない。
俺の力に耐える事は不可能だし、走っただけで世界に綻びが生じてしまう。
俺がフラフラと歩いていると周囲の人達は皆、上を見上げている事に気付く。
その瞬間に俺の記憶の引き出しがすべて開いた。
だが走れないこの体ではとても間に合いそうがない...
いや....だがあれは...。
俺は諦めそうになった瞬間落ちてくる人影に何かが入り込んだのを目撃した。
―――あれは...
けたたましい轟音を上げ落ちて来た物体は地面に激突した。
あの時もこんな音がしたのだろうか。
砂煙が上がるとそこには意識を失った健太と綾香さんが居た。
意識を失った俺を抱きかかえる綾香さん。
地面は衝撃からか多少抉られておりあたりには土煙が昇っている。
綾香さんは見えないはずの俺を真っすぐ見据える。
俺が見えるのか?そんなことより....何故ビルから落ちて平気なんだ...おかしいよこの人...。
「グレース。周りの人の記憶を消して」
俺は一瞬理解が追い付かなかったが言われた通りに世界から今の出来事を消した。
すると、綾香さんは足に力を溜めた後豪快にビルの方へと跳躍していった。
おいおい...おかしいよな...
俺も後を追うようについて行くとそこにはエミールも居た。
うん?
綾香さんに宿ったのエミールだったよな?
なんでエミールがここに居るんだ?
「久しぶりだねグレース。約束通り私を探し出せたんだね。感心したよ。ありがとう」
綾香さんからどこな懐かしい香りがする。
ずっと戦場で共に戦ったかのような...。
まさか....
「エミィ....なのか?」
綾香さんは意識を失っている健太をそっと地面に置いた後俺に近づきそっと唇を重ねた。
俺は突然の事にとっさに動くことが出来なかったが俺はそれを受け入れた。
「グレース。私はここに残るわ...だからエミールの事はよろしくね」
「ほんとにそれでいいのか?ここではお前の手にした力も発揮できないぞ?それにお前はもうこの世界で暮らしたとしても年を取る事はない」
俺は即座に気付いた。
修羅のエミールは既に精神生命体の領域に入っていることに。
これは修羅の世界のエミールの魂。
精神生命体は永劫にも近い時を生きる事になる。
もし仮にこの世界に居たとしてもまわりの仲の良い奴もやがては死に、天に召される。
その中で、自分だけが変わらず永遠に生きなければならない。
「わかっているのか?今のお前がこっちを取ると言う事が...」
「うん。わかってる。でも、この世界の健太くんには私が必要。だってずっと好きだったんだもん。私にとって必要なの」
エミィの決意は固い。
きっと俺が何を言ったとしても聞かないだろう。
「わかった...エミールの事は任せろ。それから健太の事は頼んだぞ」
「うん。じゃあねグレース」
「たまにくらい遊びに来いよ」
「それはこっちのセリフよ」
「それもそうか」
微笑むエミィに俺は笑って返した。
「そうだ、ならばこれは選別だ」
俺の記憶の一部を健太に分け与えた。
俺と同じステータスは持ってないがきっと健太は夢だと思い込むだろう。
夢だと思い込んでくれたら一番都合がいい。
変に拗らせなければいい。
「じゃあ俺たちはもう行くぞ」
「うん。さよならグレース、エミール」
エミールを連れて空へ飛び立った。
空高くまで飛翔すると眼前には視界一杯に夕日が広がっている。
俺は夕日に照らされる中エミールを眺める。
巡り巡って俺は綾香さんと異世界で出会った。
あの様子だと俺と一緒に死んだのも綾香さんだろう。
「帰るか」
俺はエミールに手を出すとそれをエミールは受け入れる。
健太はこれからどんな人生を歩むのだろう。
しっかり綾香さんに告白しろよ...頑張れ!俺!!
遥か下の方を見れば今まさに俺が目覚めようとしていた。




