第97話 世界線の差異
ヴェルナータを連れて天界へと移動する。
俺は【天界之転移門】を使用する。
目の前の空間が歪み門が開く。
だがそこから見える景色は見覚えのある景色だった。
半壊の神殿。これは間違いなく修羅の世界の天界だ。
「ふむ...どうやら普通の世界の天界へはいけないらしい...」
楽しそうな表情を浮かべていたヴェルナータはあからさまにショックを受けている。
仕方ないだろ...こっちの世界来たの初めてなんだから....
こうなったら最終手段をとるしかないだろう。
(シーラ。天界へ行くにはどうしたらいい?)
(ロキなら行けると思います)
よしロキだな。
俺は転移魔法を発動させる。
【強制転移】
すると猫耳型のフードを被った少女が現れる。
紫の髪を揺らしながら登場したのがロキだ。
やたらと嬉しそうな笑顔で登場するロキ。
「天界への門だよね?いいよ【天門】」
あっさりと了承し門を開く。
その光景に困惑するヴェルナータ。
「別に侵略に行くわけじゃないからな?」
「それくらいわかっている!!」
今回の目的は神への牽制とルシファーの覚醒なので、面倒事はなるべく避ける必要がある。
手荒でいいならゼウスを殺しスキルを奪いルシファーが幽閉されている扉を開くだけで完了なのだが...。
こっちの神は意外と活動をしているのだ。
国によって信仰している神は違うしそれぞれにしっかりとした役割がある。
神とは秩序。
秩序が乱れれば世界に綻びが生じる。
なので創造主であるゼウスを殺す事はできない。
それが世界と言う秩序その物だからだ。
修羅の世界は良くも悪くも特殊なのだ。
神が死んでも秩序は乱れない。
それをシーラから聞かされているので下手に行動出来ないのだ。
まぁ手はあるのだが...
ロキの開いた門を潜ると崩壊していない神殿が目に映る。
雲の様な地面を進むと天使たちが現れる。
俺ではなくヴェルナータを警戒しての登場だ。
こっちの世界では俺よりもヴェルナータの方が有名人なのだ。
天使たちは徐々に数を増していく。
武器を手にした天使たちは俺達の歩みに押されるように後退していくがそれも止まる。
天使たちのリーダー的存在である熾天使クラスの天使。
現れたのはラファエル、ガブリエル、ミカエル、ウリエル。
四大天使と言われる天使界でも最上位に位置する者達の登場により一介の天使たちの士気は高い。
その戦意を削ぐには?
簡単だ。それ以上の力を持つ天使を召喚すればいいのだから。
「ゼル」
俺が名前を呼べば天界は夜の闇に包まれる。
夜空に浮かぶ深紅の瞳の圧に潰されるように天使たちは平伏する。
その圧はヴェルナータさえも屈してしまうほどのプレッシャーだ。
何故ヴェルナータにも掛けたのかは分からないが....。
恨みがあったんだろう...
ゼルセラのステータスはあの時ヴェルナータが戦った時とは比にならない程成長している。
完全開放のヴェルナータであったとしてもゼルセラにワンパンされる事だろう。
今では睨むだけでヴェルナータを死に至らしめる事が出来る程。
そんな圧に通常世界の天使たちが抗えるわけがないのだ。
怯える天使たちは俺達の邪魔をしない様に道を開ける。
ゼルセラの切り開いた道を堂々と通過する。
その際、平伏するミカエルと目が合う。
なので俺は少し微笑みミカエルに告げる。
「お前とは仲良くできると思っているのだがな」
俺はミカエルの言葉を聞かずにそれだけを言ってその場を去る。
神殿の扉を豪快に開きゼウスと目が合った瞬間に怪しく微笑む。
神々しい椅子に座る...美青年?????!!!!
お前...だれだ!?
俺の知っているゼウスは老人のような見た目をした爺さんだ。
よぼよぼの身体に長く白い髭、重力に負けた顔面。
そんな皺くちゃな存在がゼウスであった。
だが目の前にいる存在が俺の脳内にダメージを負わせる。
これはイケメンだ...
金髪に深海を思わせる瞳、引き締まった肉体、はち切れんばかりの筋肉、それから整った顔立ち。
俺をもってして神々しいと思わせる様な美青年。
俺は思わず素直な感想を漏らす
「意外と若いのだな。俺の知って居るゼウスはもっと爺だったぞ」
ゼウスは曇りなき眼で俺を見据える。
「そうか....そなたが儂の言っていた覇王じゃな....」
見た目に反して喋り方は爺臭い。少し安心したが...
お前と話してると気が変になりそうだからさっさと別の場所に移動しよう...
イケメンめ....
「ゼウスよ...ルシファーの居るところへの道を開けろ」
「ルシファーは既に死んでおる、ミカエルに敗れた時にな」
苛立ちを浮かべるヴェルナータが我慢の限界とばかりに怒鳴る。
「嘘をつくな!!ルシファーは幽閉されている!まだあの人は生きてる!!」
「児戯はいい、とっとと開け」
堪忍したように溜息を付くゼウス。
「難儀なものじゃよ...災いが起きようとしておるのに止めれぬというものわ...まったく...」
文句を言いつつもしっかりと門を開く。
【幽閉牢】
俺とヴェルナータ、それから付き添いのゼルセラを連れ門を潜る。
ロキは残り俺たちに向けて手を振る。
あんな美少女をムキムキ筋肉の美青年の元へ置いて行くのは心苦しいがロキの方が圧倒的に格上なので大丈夫だろう。
門の先は真っ暗な世界が広がっている。
その中心で鎖が何重にも巻かれている牢がある。
牢の格子には青い炎が燃えており、それは魂にダメージを負わせる代物だ。
いかに肉体が頑丈だろうと魂へのダメージは計り知れない。
俺の場合はシーラが居るので精神攻撃には完全な耐性がある。
もはや無効化に近い。
なので俺はこの青い炎に触れても全く問題はない、だがヴェルナータは違う。
触れればダメージを受けるし、燃え移れば消える事はなく最後には魂が焼死してしまう。
俺は牢に触れようとするヴェルナータを引き留めその場でルシファーを呼ぶよう告げる。
必死に呼びかけるヴェルナータ。
やがて牢の中から声が聞こえる。
聞こえた声の感じはとても若い。さっきサタンとも話したがかなりドスの効いた低い声をしていた。
修羅の世界のルシファーはそもそも分裂していなく成人済みの壮年くらいの見た目をしていた。
昔はさぞ美しかったんだろうなといった具合だ。
だが俺は目を疑った天界にきてから驚きの連続だ。
ゼウスもイケメンだったがルシファーはその上を行く。
ゼウスに劣らない顔立ちと肉体。それを昇華させてるのが後ろに生えている翼だ。
そのイケメンは俺の事は視界に入っていないのかヴェルナータだけを見める。
ヴェルナータは俺の忠告を忘れたのか檻に触れようとする。
それをとめようとすると俺よりも先にルシファーがそれを止める。
「やめた方がいい。君では魂が先に限界を迎える」
などと言いながらもルシファーは檻に触れる。
檻を包む青い炎はやがてルシファーを包み込む。
なるほど耐性を得たか。まぁそれくらいの関心ではあるが。
そんな状況をヴェルナータは不安げな表情で見守る。
「私は大丈夫さ。何年ここにいると思ってるんだい?だからそんな顔をしないでくれ。私の可愛いサキュバス」
そんな事を平然と言うルシファー。
イケメンなら許されると思っているのか?
それにサキュバス呼ばわりされてヴェルナータが嬉しい訳ないだろう...ほらどう見たって...あれ?
ヴェルナータは赤くなった顔が恥ずかしいのか俯く。
今のでいいの???どう考えても変なセリフだよ??
流石に疑問に思ったので後ろに控えているゼルセラに訪ねてみる
「あれでキュンと来るのか?」
「いえ、微塵も」
まさに即答だった。
真剣な表情というよりかなんの興味も無いような表情でゼルセラは答える。
ならば一つ試してみようじゃないか。
「そんな顔をしないでくれ。俺の可愛いエンジェル」
痛い!!心が!!!恥ずかしさでもれなく致命傷だ。
俺に心底心酔しているゼルセラでも流石にこれは受け入れられないだろう。
俺まで顔が赤くなる....
「今のは忘れろいいな」
「・・・下さい...」
「んぁ?」
ふと見てみればゼルセラの頬は紅潮し息遣いもとても荒くなっている。まずい....
「いいですよね?私の事が可愛いんですもんね?私達を引き留めるものはもうありません!!!さぁ!!さぁ!!」
荒い息遣いでにじり寄ってくるゼルセラを必死に抵抗する。
「落ち着けゼルセラ!!あとで!!後でな!!」
俺は確実に動揺していた。
どうしてそんなことを口走ったか今でも覚えていない。
安易にゼルセラの要求を呑んでしまった。
俺の「後で」という言葉を聞いたゼルセラは急にしおらしくなる。
まったく忙しい奴だ....。
ゼルセラが大人しくなった所で冷静な思考に切り換える。
検証は成功。
惚れている女には大変有効だと言う事。
ふむふむと今後の使用方法を模索しつつあのカップルを見る。
「だから今、出してあげるからね」
ヴェルナータの言葉にルシファーは笑って返す。
「君では無くそこの男だろう?そこの人間からはとてつもない強さを感じるからね」
「察しが良いな」
俺の言葉に対し鋭い視線を向ける
「何が目的だ。私を解放して何がしたい」
「物騒な事を言うじゃないか。配下の頼みを聞けぬほど俺は無能じゃないぞ?」
俺の言葉にヴェルナータでさえ困惑する。
「おい覇王。お前にも目的があると言ったじゃないか!!」
「俺の目的を知ってどうする?こいつがビビッて拒否するかもしれんだろ」
俺は肩を竦ませて笑った。
だがもう子芝居に付き合う必要もないだろう。
俺は檻に手を掛け檻を捻じ曲げてく。
困惑した表情を浮かべるルシファーもその異様な光景に焦りを感じ俺から距離を取る。
魂にダメージが入る檻を人間が触れられるわけがない。そう思っていたのだろう。
檻は音を立てながら脆くも崩れてしまう。
俺の強引すぎる行動にヴェルナータも危機感を覚えたのか戦闘態勢に移行する。
だが俺の前で戦闘態勢に移った時点でヴェルナータとルシファーの敗北が決定する。
「哀れなものだな」
ゼルセラによって即座に拘束されたルシファーを眺める。
「いまから、ルシファーを解放する」
グレース達が門を潜った後ロキは怪しく笑いゼウスは真剣な表情でロキを見つめる。
「今度の目的はなんじゃ...」
「僕の目的は昔から変わってないよ」
ロキはいつものように笑う。
「もうじき世界は楽しくなる」
ロキは笑う。いつもよりも楽しそうに。




