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6.鍛冶のアキラ

同世界観(時代が同じとは限らない)の物語も同時連載中です。


シリーズ:やがて始まる神亡曲


『森出身で世間知らずな少年の世界革命』

 ――出雲島。

(https://ncode.syosetu.com/n2134ep/)


『奇蹟狩りと星空の巫女』

 ――北大陸。

(https://ncode.syosetu.com/n9037fj/)


これらも読んで頂ければ幸いです。


 カイトは隣の少女を盗み見た。

 先刻の冒険者組合では、その場に居合わせた人間全員を驚愕させた存在である。

 北大陸に航り、魔の極北たる王を討ち滅ぼした英雄の一人。天に授けられし黒い剣を駆り、普く魔を葬り去る神の使徒。

 そんな口上さえ作られ、海峡全域では知らぬ者のいない彼女に、カイトは全く正体を気取ることはなかった。


 物事に超然として構えていると謂えば聞こえは良いが、裏返せばただ無頓着なだけである。

 周囲から激しい叱声に似た問答、邂逅の経緯を問われて応える作業に終われ、しかしそれでもカイトは己の未知を改めようと反省する気持ちは微塵も無かった。

 寧ろ、その胸中に沸き上がったのは新たに舞い込んだ面倒事の始末である。

 この少女――偉大なる勇者ことエリーゼは、一目惚れという俄に信じ難い理由でカイトを(いた)く気に入っている。

 彼女が口にした「これから宜しく」は、さながら死の宣告。その身分を考えれば、海峡の大商国などが一挙手一投足に注目する。

 その隣に居る、または関係を続けるとなれば必然的に、間接的にカイトはエリーゼに注がれる視線を常に受けるのだ。


 過去の事情を知らない己への後悔は無いが、既にどう回避しようかと考え始めた。

 そんな底意を見透かしたように、エリーゼは一向に離れる気配を見せない。その背中からは、俄然離別を拒否する覇気が感じられる。

 如何せん女性の扱いに疎いカイトは、繰り出されるエリーゼからの過剰接触(アプローチ)に当惑すること頻りであった。


「カイト、これから何処へ行くの?」

「ん?ああ……報酬入ったし、武器の新調」


 火焔竜との戦闘で結果的に刃毀れしてしまった短剣の補充が必要である。

 普段の生活から考えても大金に相当する物が手元に入ったため、高価な武具を揃えると考えるのが冒険者の常道。

 しかし、依然として物欲の無いカイトとしては必要最低限、己の常道を信じて疑わない。

 迷宮内では常に不測の事態との遭遇は必至。そんな状況下では、なにかを奪われたり、或いは放棄したりするのは致し方ない。

 大切な物を作れば、その状況で捨てるのを惜しんで命を危機に晒してしまう。

 それを危ぶんで、カイトは刷新する好機にも己が道を行く。


 エリーゼは顎に指を当てて黙考する。

 カイトは何事かと、若干の嫌な予感さえも抱きながら、彼女の次なる反応に待機した。

 短い付き合いでも、この少女の特性は把握している。気の赴くままに動き、人の意など考慮の材にすらしない。

 唯我独尊では無いにせよ、傍若無人という言葉は該当する。


「折角、火焔竜を倒したから。武器も強化しよう。丁度、火焔竜の鱗を余分に採ってたし」

「……冒険者組合に全部提出したんじゃ?」

「じゃーん」

「……そんな棒読みで言われても。っていうか、本当にあんのかよ」


 手元の小さな麻袋には、重ねられた火焔竜の鱗がある。

 それも、上質な部分とされる首筋付近の物だった。紐を解かれた袋の隙間から覗くそれに、カイトは指を突っ込んで一枚ずつ確認する。


「素直に提出するだけでは、不利益ばかりだよ」

「勇者らしくない台詞を聞いた気がする」

「これ使おう」

「お!?これ……!」


 エリーゼが袋の中より摘まみ出したのは、一際大きな鱗だった。

 それは“火焔竜の逆鱗”――魔物の部位採取では、火焔竜の中で最も貴重である。商人に売れば、国の規定により最低でもカイトの生活費三十年に相当する額が得られるのだ。

 唖然とするカイトの前で、再び袋に入れる。

 これは武器にも使えば、かなり上等な武具が作れるだろう。


「バイテンドには腕の良い鍛冶がいたはず」

「ああ、巷で有名なのはアキラの所だよ」


 カイトは迷宮都市の西区域にて、軒を連ねる露店の作った道を歩む。

 海域の多様な民族などの商業的交流の多いここは、昨今でも最も多くの血が集まる場所で、在住する都民の中には混血が非常に多い。

 遠く離れた場所の郷土料理などが提供してある店もあり、ここは飯屋としてはとても人気が高い。


 カイトは路地裏へと回り込む。

 人波を避けて入った場所をひたすら進むと、先刻よりも静かな道に出た。

 主に武具、防具を販売する鍛冶の界隈である。

 真っ直ぐその道を進み、ある店舗の前に足を止めた。

 迷宮都市では比較的に珍しい大陸東方の文化に似た風致の家屋である。瓦葺の屋根と木組みの家であり、竹編みの垣で囲われた敷地には穏やかな空気が流れていた。

 塀のない露台(バルコニー)――縁側と言われる空間が庭にあり、仕切り用には障子と呼ばれる紙の窓、隙間から屋内ら乾いた草を編んだ畳の床。


「ここ?」

「同い年の友達なんだが、もう海峡じゃ密かに一番の腕だって有名らしいな」

「……ハヤト以外に友達が」

「まあ、珍しい事に居る。贔屓にして貰ってる」


 カイトが玄関の引戸を開けた。

 中には高い框と石畳の靴置き場が迎える。

 気に障らぬよう静かに開けたが、敏く聞き咎めたのか廊下の奥川から人影がすっと現れた。

 玄関前にて黙礼すると、エリーゼを見た。


「紹介する。この人はエリーゼだ」

「……アキラだ。宜しく頼む」

「エリーゼ。宜しく」


 エリーゼに似た無表情な相で迎える少年――アキラは、再び丁寧に一礼した。

 長い前髪で左顔を隠し、覗いた表情の希薄な面は白皙の肌に琥珀色の瞳をした端整な顔立ちである。黒の長髪を後ろで一つに結わえて整え、黒の単衣の袂を襷で絞っていた。

 作業中である彼は裁付袴の腰紐に槌を帯びている。

 一見して麗人にも見えて愁いのある彼の様子は、鍛冶とは縁遠そうに見える風貌だった。


 エリーゼはやや目を眇めると、顎に手を当てて唸る。何事かと流眄したカイトは、しかし本題に入ろうと手に持つ鱗の入った麻袋を差し出す。

 アキラはそれを受け取り、中身を検分した。


「……火焔竜、の逆鱗」

「これを材料に武器を鍛造して欲しい」

特注(オーダーメイド)か」

「頼むよ」

「武器は?」

「短剣でお願いする」


 アキラは何の脈絡もなくカイトの手を握った。

 思わず硬直したカイトの指や掌を触って何かを確かめた後、頷いて手を放す。


「承る。次いで柄もこちらで都合しよう、料金は要らない」

「いっ、良いのか?」

「仕事に私情は不要。しかし、カイトが珍しく武器に拘っている。その上で俺に依頼したのだ、友情で応えても罰は無かろう」

「お、あ、ありがとう」

「エリーゼも居る、暫し居間で休むといい。今持ち合わせは少ないが、来客用の茶菓子を供する、どうぞ中へ」


 麻袋を持って、アキラは二人を案内する。

 カイトは何故か彼の視線が自分から外れて安堵する。

 彼は男女問わず、その所作で人を惑わせる。普段は一切の気配も感じさせず現れ、ただ仕事を請け負う人物であった。

 噂では、迷宮都市に来た王姫と偶然出会い、求婚されるも有耶無耶にして断ったという。誰であろうと、特殊な性癖でもなければ彼から目を離せなくなる。


 ずっと黙っているエリーゼを、カイトは怪訝に見詰めた。


「アキラさんとは、いつから知り合い?」

「俺が会ったのは去年、数年前に此所(バイテンド)へ来たらしい。幼馴染の女の子と東方の田舎町から来たんだと」

「…………」

「惚れた?」

「私はカイト一筋だよ」

「それは少し残念な気がするが」


 カイトは嘆息する。

 誰も願ってはいない、願望を口にするならば無関与でありたい。

 しかし、自分に冒険の危険やその果てに得られた物が何たるかを教えてくれた彼女を蔑ろにはできない。


「結構モテるのに、全く人と関わらないからさ。俺とハヤトくらいしか友人居ないんだよ。それに仕事出きるから近隣の鍛冶とかに妬まれてる」

「へえ」

「一時期、売上で負けた向かいの店長が逆恨みで八九三を雇って幼馴染の女の子を誘拐させた時は、そいつらを再起不能にしたらしい」


 アキラは幼馴染の少女――ヒビキと同棲している。

 彼女が買い出しに出た際、男達が無理やり拉致したのをハヤトが目撃してアキラに報告すると、その日の夕暮れには男達が拘束されていたのだという。

 全員が冒険者であったらしく、ヒビキに手を出せば、重ねてアキラへの不要な嫌がらせの末路が如何なる物かを、商敵は知った事件である。

 向かいの鍛冶は看板を畳んで郊外へ逃れ、再起不能にされた冒険者の男達は引退しており、ヒビキはおろかこの界隈にも近づかない。

 普段は何事にも興味の薄そうで気迫の無い彼は、仕事以外に私用で受けた人との約束を忘れやすい。それで響を幾度か怒らせ、ハヤトやカイトは振り回された。

 やや抜けた人間だと認識していたカイトは後日にこれを聞き及び、恐怖に態度を急変させて彼を屡々困惑させたことがある。

 一時期は冒険者からの勧誘が耐えなかったが、本人は鍛冶と静かな生活を好んでおり、これを固辞した。

 その人柄があってか、難事や騒動を厭うカイトや優れた容貌を誇示せず慎ましい彼を気に入ったハヤトがよく店に頼り、また一人の友人として訪ねる。

 荒事を拒むアキラではあるが、その理由は主に同棲しているヒビキを死と隣り合わせである冒険者となった事で、不安にさせたくない一心であるからだと二人は推察していた。


「……その女の子を愛してるんだね」

「実は両思い」

「……カイトにしては珍しく人に詳しい」

「ハヤトがヒビキを狙ってた時期が……何でもない」


 ハヤトは多くの女性に言い寄り、容姿で人を惹き付けるも、やはり後刻には性格の難を咎められて去って行ってしまうのが結末である。

 アキラは容貌、職能、性格がどれも優れているが、人との約束を忘却してしまう癖がある。


 人よりも優れた人物は、相応の欠点を担う。


 こればかりには、カイトも自身の現状に安堵すら感じてしまうのだった。

 二人は居間へと向かう。




うぇい。

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