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5.銀斬のエリーゼ



「依頼SSランク『火焔竜の鱗と火袋の採取』……完了、ですね」


 受付嬢の引き攣った笑顔に、カイトと少女は迎えられた。掠り傷一つ無い彼女とは異なり、時折血を吐いて蹌踉とした様子が差違の激しさを際立たせている。

 無表情で(うなず)いた少女は、報酬金を二人分に均等に分配した麻袋の一つを雑嚢に容れた。カイトは震える手で受け取り、掌に乗せて重量を計る。平生の報酬の何十倍にも相当する物だった。

 戦々恐々とするカイトの手を引いて、少女は冒険者組合本部の食堂の机に誘う。疲労感に反抗する気勢も無い彼は、為されるがまま椅子に腰を下ろした。

 本来ならば、D級(ランク)冒険者のカイトには、生涯受諾する事も無い難易度の依頼(クエスト)である。運命の徒なのか、突如として現れた漆黒の軽甲冑を装備した白銀の少女に強制連行され、内容も知らずに迷宮第四層に突入した。

 分不相応な依頼、無論その所為で火焔竜に受けた傷は深い。胸当も破損し、装備も大概が一撃で無駄になった。奇妙なのは挑戦する前から死を予見していた未来よりも、些か損耗が軽微な事である。

 理由など知れている――あの少女の凄まじい戦闘力である。一瞬の間に火焔竜を転倒させる力を、涼しい顔で放って見せた。

 元より第四層でSS級の依頼の挑戦を冒険者組合が受理する時点で、その正体はカイトには予想の範疇を超えた化け物である。

 食事中だった冒険者は、いつも底辺と卑称していたカイトが見目麗しい少女を連れ、食堂に踏み込む様を奇異の視線で見ること頻りだった。

 着席から暫し、注文も無しに豪勢な料理が女給によって卓上に並べられた。どうやら予約を入れていたらしく、これにもカイトは驚倒した。想定時間内に火焔竜を討伐可能と、最初から確信しての予約!

 供された料理はカイトの分も含まれており、食事を共にする。しかし、火焔竜の攻撃で骨が軋む感覚で苦しいため、食物を嚥下する行為だけで嘔吐しそうになった。

 察した少女がカイトの身体に触れると、その手中から翠の燐光が溢れ、痛みが和らいで行く。身体の各部に力を入れて動作確認を行えば、行動に支障の無いほどに治癒していた。

 唖然とするカイトに、少女が皿を突き出し、もっと食えと催促する。


「俺、あんま食欲無いから」

「判った……消化能力、新陳代謝の増幅」

「やめろ、変な事するな」


 逃げるように離れ、カイトは渋々と食事を続行する。少女は淡々と皿を平らげて行く。無表情な所為か、厨房が手腕を揮って作った渾身の一作達を、単純な栄養補給とばかりに機械作業の如く口に運ぶ。

 カイトは折れた自身の短刀を見た後に、麻袋の中身などを勘案して嘆息した。武器や防具の一斉新調を行っても、一ヶ月以上は自由に暮らせる。治療費は先程の少女の配慮で浮いたし、恩恵と呼ぶべきか、それとも不吉なこれからを示唆する凶兆か。

 カイトが空しい刀身を鞘に叩き込むと、少女がその肩を叩いた。


「良い動きだった。機動力は良いし、機転は利くから実力はC級相当」

「微妙な判定だが……それはどうも」

「鍛えていくから、これからも宜しく」

「……はい?」


 少女の言葉に理解が示せず、間の抜けた声で応えた。


一党(パーティ)を組む。私はエリーゼ、最近ようやく北大陸から帰還したばかり」

「……ランクは?」

「SSランク」

「初めて聞いたな」

「特別なんだよ」

「それが、どうして俺と一党を?」

「一目惚れ、カイトが好きだから」

「へいへい、苦労しますよ、きっと」


 冗談と思い皮肉を込めてカイトがスープを啜りながら言う。

 白銀の髪を揺らして少女――エリーゼが笑った。今まで稀薄だった故に、その破顔は精緻な美貌に咲いた可憐な花の如く空気を変える。やや面食らってしまったが、動揺を隠してカイトはスープを飲む。


「私はいつか、海峡中心に浮かぶ『出雲島(リメンタル)』に行きたい」

「あー、あれか……確か神無年(かんなどし)に神様が集う、っていう?」


 この世界は四季、そして一年の月日を十二分にした暦で表している。由来は、各地を治める神が存在しており、其々が魔物や人類の信仰対象とされ、邪悪なモノから神聖なモノと多種多様。

 流れる月日の中、数百年の周期で訪れる特別な期間――神無年は、約五十年もの間に神々が海峡中心の『出雲島』に集い憩うとされる。其処はこの世で最も神聖な領域とされ、内部は特別な空間圧縮の力により縮小されているが、実質は三つの大陸が内包された異世界。

 数々の冒険者が夢に見て挑戦したが、帰って来た者は一人としていない。

 主にその管理を務めるのは、『イザナギノミコト』と『イザナミノミコト』という二神。その子供である者を『神族』と称呼し、それらが各地へ散って信仰されるのだ。

 神無年に神々が不在にする間、魔王なる者が力を増し、勇者が必然的に産み出される。それが世界の運命の循環。


 ところが、今回の神無月から神々は帰還せず、神々の不在で世界は大きく荒れた。結果、最近は魔王が倒されても未だ魔物の凶暴化が発生している。冒険者にしてみれば稼ぎ時であり、犠牲者の数も過去最高の記録を叩き出すであろう予感がするのだ。

 そして最近、『出雲島』の空間圧縮の次元から何者かが外へ出たと言われている。近くで監視の為に建てられた海峡諸島の要塞で、その人物が確認されたらしい。

 赤が一房だけ混じった白銀の頭髪、琥珀色の双眸、一対の黒い狼の耳を頭頂に持ち、美辞麗句を幾ら並べようとも名状し難き美貌をした女性だという。

 現在は王政の管理下で東大陸山間部の迷宮を中心に踏破しているらしい。『出雲島』の内情について語らず、冒険に耽溺しており、何事かあれば傍に黒い悪魔を召喚し、不逞の輩を真っ二つに両断するとの風聞。


 カイトとしては、ハヤテが物語の様に聞かせてくれたのを記憶していた。無論、エリーゼの口から神無年と聞くまでは忘れていた程に興味は無かった。


「行って、何かしたいのか?」

「父さんが挑戦して、失敗したから。私がその遺志を継いで、必ず『出雲島』を踏破する」

「ふーん」


 冗談半分で聞いていたカイトの背後から、跫を忍ばせて接近するハヤテの影があった。既に気配には気付いていた、後ろから首筋に向けて体当(タックル)じみた肩組みをしてくる積もりだろう。その為に、食事の手を止めた。

 いざハヤテが飛び掛からんとした時、白い光が閃いた。

 衝撃に備えていたカイトは、予想以上に襲撃が遅いのを疑問に思って振り向くと、戦慄に視界が凍る。片手で鞘から抜刀したエリーゼは、拵えも無い刀の鋒を振り翳し、ハヤテを牽制していた。そちらに振り向きもせず、紅茶を啜りながら無表情で凶器を手にする。


「お、おい、エリーゼ……!」

「悪意の波動を感じたから」


 カイトが瞬きした間に、エリーゼは手中で刀を半回転させ、鞘に納めていた。緊張と威圧から解放されたハヤテが床に尻餅を突く。カイトの差し出した手を、彼は震えながら摑んで立ち上がった。

 警戒にハヤテは彼女との間にカイトを挟んで座る。


「この美人、誰だよ」

「判らん、目的も正体も。お前、北大陸から帰還したSS級冒険者って知ってるか?」

「………………………………は?」


 何気なく訊ねたカイトの声に、ハヤテは口を大きく開いた。エリーゼを凝視して少し経つと、口の開閉を繰り返して尻で後退りする。異様な反応に顔を顰めたカイトが振り向くと、周囲も同じ様子であった。

 状況を把握していないのは自分だけか。

 カイトは隣の彼女を見遣る。


「何かしたのか?皆が怖がってるぞ」

「あれが正常なんだよ」

「俺が異常なんですね」

「そこも好きだよ」

「勘弁してくれ」


 カイトが合掌し、食後の礼を済ませると、横合いからハヤテに胸ぐらを摑み上げられた。


「おい、どういう事だよ!?カイト、この人といつ知り合った!?」

「え、今日の午前中じゃなかったっけ」

「どういう関係だよ!?」

「一緒に依頼を遂行して」

「この人が誰だかご存知!?」

「え、エリーゼだろ?」


 食堂全体で(ざわ)めきが起こった。

 未だ判らないカイトに、ハヤテの悲鳴が轟く。


「お前に今日話しただろう!?」

「えっと……女性初の勇者、だっけ?」


 ハヤテが震える手でエリーゼを示す。


「彼女がその勇者様なんだよ!!

 『銀斬(ぎんざん)のエリーゼ』で有名な!!」


 カイトは隣の彼女へ振り向く。

 少し微笑んで、カイトの肩に全身で寄りかかった。急接近に狼狽しながら、気を紛らわすべくハヤテに向き直る。

 エリーゼが勇者――どこか納得している自分がいる。カイトは、彼女さながらの無表情で隣の本人を指差す。


「嘘付けぇ」







わお。

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