4.火焔竜討伐
冒険者カイトは、何時だって困難な状況を乗り越えて来た。無論、修羅場となる危険性を先んじて感知し、確実な逃走経路を導き出して切り抜けたのだが、今回はさしものカイトでも無理だとしか言えない至難。
溶岩流の中に立つ岩の上で静観する少女。
唖然とするカイトの頭上では、既に火袋に蓄えた高熱の弾丸を煌々と耀かせ、発射を予告する死の光で周囲を照らしていた。その照準が定められたのは、正面に立つカイトのみ。
短刀を引き抜いて構える。改めて火焔竜の巨躯を確認したが、あの重厚な鎧の如き鱗に、自分の粗末な刀剣で貫通など望めない。加えて、あの火炎放射を凌ぎ切るほどの防御魔法に心得もなく、直撃して灰塵となる未来しか予測出来ないのである。
表皮を硬質な鱗で武装し、火炎で焼き付くす。やはり単身で挑むには、強敵という言葉以上に手強い。対敵は死を意味するという冒険者の教訓が該当する例、そのものだった。
兎にも角にも、戦闘以外に退路の無いカイトは回避法を講じる他に無い。脳内で火焔竜に関連する情報を掻き集め、必至に考える。攻撃パターンは、生態は、弱点は……
火焔竜が擡げた頭部を振り下ろし、その地獄の業火を一気に解き放つ直前で、カイトは意を決して前に飛び出した。太い四肢で聳り立つ竜の胴体の下へ滑り込む。岩盤の凹凸が体を削るが、命の危険と比較するまでもない。
無人の路地へと放たれた劫火、岩盤を溶かして小石を完全に溶解させる。圧倒的熱量、直撃したら人間など一瞬で原型を失う。
カイトは安堵と共に、次の行動に打って出た。
火焔竜の数少ない弱点は、対峙した先駆者が命懸けで得たモノ。今正に活用する時が来たのである。
下顎部から腹部まで、一条の線となって畝の様な皮膚が露出している。だが、この部分も硬くカイトの短刀では到底刃が立たない。胸部は心臓に直結するが、それでも無駄だろう。
火焔竜は、その生態が面白い。
何故なら、四肢にある一枚の逆鱗を損傷させれば、体の耐久力が著しく低下する。その都度、狂暴性が増すが、条件さえクリアして行けば喩えカイトの短刀でも、胸部の皮膚を刺し貫く。
地面を転がって灰塗れになりながら、まずは右の後肢の逆鱗へと取り掛かる。鱗が大きく規則的に並んでいる分、特異さは直ぐ目に付く。
逆鱗を発見して、即座にこれを短刀で刺した。ここで弾かれたら、万事休すではあったが、難なく通った刃を血が伝う。
悲鳴を上げる火焔竜の腹の下をまた通り、今度は左の後肢の逆鱗を貫く。先に前肢を片付ければ、下半身が機能せずに倒れ、それ以上動けないから、尻尾で薙ぎ払う事も出来ず、最終手段の逃走でも相手は追ってこれない。
逆に、前肢を先に潰していると、前屈みに倒れてしまって、胸部が狙えないのである。
一人であった故に、更に魔物からの逃走で鍛えられた機動力と判断力があったからこそ、素早く下へ潜り込む事を可能にした。
岩の上で座視する少女が、少し嬉しそうに笑っていた。
「やれば出来るね」
「……もう……少しだ!」
左前肢の逆鱗を斬り、遂に残るは一つとなった。血に濡れた短刀を振るって脂を払い落とし、最後の右前肢へと取り掛かる。しかし、その前にカイトははっとして動きを止める。
耐久力を下げてしまえば、胸部を刺せるだろう。しかし、前肢の力を失って火焔竜が倒れてしまえば、心臓を貫けない。加えて、あの鱗の鎧は逆鱗をすべて潰したとて、カイトの短刀を弾く。唯一の望みである方法を実行すれば勝機はあったかに思えたが、これは大きな失策だった。
気づいた時には既に遅く、動きを止めたカイトは、横殴りの衝撃に襲われて吹き飛ぶ。高熱の岩盤の上を転がり、壁に激突すると吐血して止まった。
顔を上げると、火焔竜の振り抜いたばかりの右前肢が見える。接近した所で動きを止めるなんて、自分の愚かさに自嘲の笑みが溢れた。
口腔内で火炎を漲らせ、最大出力で放つまで矯めている。
「……終わり、か……死にたくない……」
壁に凭れて動かない。
今の一撃で、骨に何本か傷を負ったのだ。諦観に項垂れるカイトの前で、炎が地面を焼き焦がして迸る。死の前の光景に、瞑目した。
「うん、よく頑張った」
目前の景色に、火炎を遮る白い壁が出現した。
カイトの前に、黒い軽甲冑の少女が降り立つ。
「後は任せて」
「良いとこ取りかよ……」
少女が虚空に黒い剣を振り下ろす。
把の色とは対照的な白銀の光が線となって、火焔竜を襲った。片翼を両断し、続き発生した衝撃波に火焔竜がひっくり返った。
「あとは止め、宜しく」
「え?え?」
少女に抱え上げられ、火焔竜の上に運ばれる。
柔らかくなった胸部を踏み締め、余力を振り絞ってカイトは短刀を突き刺す。絶叫する火焔竜だったが、間も無くして大人しくなる。
明確な絶命だった。
「う、嘘だろ……」
少女が微笑む。
火焔竜討伐に成功した。
如何でしたか?