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2.迷宮入口にて

二話目です。



 バイテンド北区域――迷宮。

 隆起した洞穴の入口に重厚な石扉を設け、さらに魔物出現を怖れ防護魔法や結界魔法を幾らか施している。時折、大量発生などで魔物の氾濫が起こり、町中が戦場になった記録は最新でも数十年も昔――魔物を想定した防備を用意しての設備が完成してからは一度もない。

 故に冒険者がよく雑談したり、前の段差(ステップ)では悠長に昼食を摂ったりと警戒心の欠片も見当たらない。仮に迷宮の深層から結界すら打ち破る魔物が現れたら、忽ち入口は凄惨な鮮紅色で彩られるだろう。

 バイテンドに存在する迷宮の中でも最大とされる四つの内の一つ――カルテン。中は溶岩地帯となっており、熱で炙られた岩盤や洞窟などを足場に進んで行く。体力が最も削られる場所だ。


 カイトは平常の装備では少々防御力が低いと考え、魔物の一撃に数回は耐久し得る丸盾を左腕に装着した。元来討伐任務にも参加せず、魔物との戦闘を極端に忌諱する為、武装に関しては誰よりも薄弱である。本当に強敵と対敵した際には、退路を塞がれてしまえば万事休す、無様でも活路を開くべく応戦する他に無い。

 石扉の傍らで腕を組み、壁に背を預けて人を待つ。本来ならば、受付嬢から商店街の手伝いとなる仕事の一つや二つを請け負う時分であったが、突如として相席した謎の少女に否応の返答さえさせて貰えず、迷宮へと入る事になった。

 正直な感想を述べれば、深憂に嘆息が尽きない。一見して装備や体つきにしても、魔物を相手取るには頼りない人間を相方に迷宮へと足を踏み入れるのは愚考だ。今更ながら、やはり命の安全を考慮して中断するのが得策であろう。

 カイトは短刀を鞘から抜き放ち、欠損などが無いが鋒を検めた。これは後の迷宮にて使用可能かを調べているのではなく、単純な暇潰しである。草木を刈り取る他に用途を見出ださないカイトが、それを戦闘に活用するなど有り得ない。


「お待たせ」

「よし、お互い今日はお疲れ様」

「来て早々に労われる理由が判らない。何もしてない」


 迷宮入りを早速断念させようと試みるが、少女は依然として依頼遂行しか考えていない。カイトの沈鬱な表情にも、これからの戦闘への不安や危険に対する辛労を感じず、彼の手を取って石扉の取手を握った。

 それを慌てて振り払って、カイトは肩を竦める。


「いや、俺ら二人で何処行くんだよ」

「迷宮四層」

「四層か、四層ね、はいはい……四層!?」


 迷宮には階層があり、数を経て行く内に魔物の強さや罠の危険度が上昇する。四層からは上級者以外の立ち入りを禁ずる区域となっており、容易には踏み込めない人外魔境。冒険者にも入行許可を受ける為にランク昇格試験を強要される。

 冒険者自体に、最低Eランクから最高Sランクまでの位階が作られ、四層にはBの資格が必須。カイトは小さな任務を積み重ねてこそ現在のDランクを所持しているが、戦闘経験から見れば最低ランクと大差無い。

 依頼が仮に四層に用あるならば、入行許可を受付で審査される筈だ。それを通過したとなると、カイトの前に立つ少女はその過程をクリアしたのだ。


「カイトはランク何なの?」

「俺?色々頑張ってもDだけど」

「そう、なら大丈夫。それじゃあ行こう」

「いや、お前のも言えよ」

「そんな些末な問題は、考えなくて良い」

「じゃあ何で訊いたんだよ」


 少女は片手に紙一枚をちらつかせる。

 紙面には入行許可の証である判子が捺されていた。記された彼女のランクを明確に判じる事は出来なかったが、少なくともB以上に相当する力量を備えているという事を理解し、カイトは外見からは全く高い実力の片鱗すら覘えない振る舞いに甚だ疑問だけが募る。

 突然自分を誘った点と言い、他にも四層へ躊躇い無く向かう余裕。恐らくこの感覚はカイトのみでなく、他の冒険者であっても同じ感想を懐く。

 迷宮への入口を開けて少し先に進むと、手招きでカイトを内側へと(いざな)う。今から彼女を置いて踵を返しても然したる問題にはならないが、カイトは微かな好奇心に背を押されて、奇妙な先導に従って石扉の隙間から滑り込む。


 入った途端に呼吸が苦しくなる熱気が全体を包み、思わずカイトは咳き込んだ。床を熱湯の波が間断無く過ぎて行くような温度。奥底から少し吹き抜ける風は膚をじりじりと焼く。入って早々にこの調子で、果たして四層へ踏み込んだ時には肉体から発火していないか心配してしまう。

 軽甲冑を包む黒外套を脱ぎ、背嚢へ丁寧に畳んで容れた少女は、自身の装備を再確認して前進する。雅さにも欠けた、鍛治が試作として打った杜撰な品にも等しい簡素な鎧でも事足りるといった様子。

 涼しげな表情の彼女を恨み、カイトは愁眉を開かぬまま、迷宮の傾斜路を降る。






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次回も宜しくお願い致します。

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