1.冒険者カイト
机と長椅子二つが一組で並ぶ冒険者組合の一画で、机に頬杖を着きながら望洋と天井を見上げる倦怠感漂う少年――カイト。
短く刈った黒髪に同色の瞳、半袖の黒い徳利を着て深緑の作業用褲を穿く。鈍い灰色の鉄の胸当てに刃渡り長一尺の短刀を後ろのベルトに提げた出で立ちで、東大陸北西部のバイテンドには珍しい、東端の血が濃い容貌。
機動力を重視するにしては、あまりにも防御力の低い装備は、初めから戦闘を想定した物ではなかった。剣の把も汚れは無く、使われた機会があったかも疑わせる。
彼は珍しく戦闘を忌避する臆病者でギルドでは知られている。故に、装備の傷や本人の人柄から勘案しても、それが事実であるとは初対面の人間でも容易に納得がいく。薬草や鉱物の収集を主な依頼として請け負い、安穏とした日々を送っていて、彼が面倒事に巻き込まれて傷付いて帰還した時は注目の的になるのが常だ。
その大抵が魔物に遭遇したり、或いはカイトを都合の良い鬱憤の捌け口に考えた野蛮な同業者の暴力。常にカイトには蔑視、嘲笑、憐憫が寄せられる。
「あー、平和だなぁ」
「そんな事言ってないで、依頼受けろよ」
「薬草採取とか無いから、今は町内店舗の手伝いとか受付嬢に探して貰ってる」
横に居る同年の友人――ハヤテにも適当に応える。
ハヤテは海峡の諸島出身で浅黒い肌に黄金色の髪と瞳をした外見で、整った鼻梁と分け隔て無い性格が異性からの人気を博している。そういった事で、逆に人付き合いが多く疲れているため、無理に関わろうとしないカイトとの交流が憩いであった。
カイトからしても、分け隔て無い――裏返せば、遠慮せず人の中に踏み込んでくる彼が苦手分野であり、時折人恋しくなった時にその煩悶を処理するのに好都合な対象として付き合っていた。
「受付嬢もお前には優しいよな」
「勘違いするなよ、冒険者が積極的に受けようとしない依頼を俺が処理してくれるからだ。滅茶苦茶都合の良い道具なんだよ。依頼が溜まらず、一月後に新たにクエストが寄せられた時には俺の努力の成果でギルドの運営が滞らない」
「卑屈だねぇ……まあ、僕から見ても悪いけど、確かにお前小用に動かし易そうだわ」
寧ろ、受付嬢は積極的にそういった仕事をカイトに勧める。本人としてもそれが嬉しいので受けるため、仕事上の好意は確かに多い。
「そういえば聞いたか?最近、遂に魔王が斃されたって話!」
「あー、新聞配達で見たわ」
「凄いよな、史上初の女性勇者!しかも僕らと同い年(十五歳)だぞ」
「大変だよなー」
「いや、何か憧れる~とか、尊敬するわ~みたいなの無いのかよ」
興味が無いと、とことん反応が薄いカイトの露骨さに落胆しつつ、ハヤテは受付嬢に手招きで呼ばれて、顔に喜色を顕にして立ち上がるとギルドの受付に向かった。どうやら、彼の依頼受注が認められたらしいが、あの反応だと受付嬢がただ会話をしたいが為に呼び寄せたとも考えられる。
カイトは嘆息して、今度は自分が呼ばれるのを待つ。
「平和だなぁ」
「ねえ、君」
突然気配もなく、ハヤテが去った後の場所から声が聞こえて驚き、振り向くとそこに少女が座っていた。
黒外套を羽織り、肩まで伸びた金糸の如し銀髪が対照的な姿。少年のように端整な面差し、穢れ一つ無い白晢の皮膚は純白と形容するに相応しい美しさである。夏の陽射しに照らされた大海を思わせる碧眼は、どこか虚ろで意思を感じない人形に似ていた。
開いた前身頃から微かに覗く内側は、華奢な肢体を防護する漆黒の光沢を見せた軽甲冑は、意匠や装飾が施されていない簡素な物で、腰には拵えすら無い黒い刀剣の把。
人間とは会話をしているかさえ判らなくなる、そんな不思議な感覚に駆られたカイトは言葉を失って、暫く見詰める。
「君、依頼は受けないの?掲示板に沢山あるけど」
「!……あー、受けたいの無いから」
「いつも、何を受けてるの?」
「……薬草採取」
それを聞くと、少女がふっと笑った。
カイトはいつも自身に向けられた嘲りかと思って、初対面の人間であるというのに遠慮を感じない彼女に嗤われたのがやや業腹であった。
「じゃあ、今日は少し私に付き合ってくれる?」
「却下」
「……少しは考えて」
「報酬を確り分けてくれるなら考える」
「私をどんな人間だと思った?」
「怪しい女」
警戒心の高さに嘆息する少女は、掲示板まで行くと暫くそこに張って吟味を始め、数分の後に一つを持って戻った。
「さ、行くよカイト」
「え」
「私が行くと言ったなら、もう待ったは無し」
「え?」
「手続きを済ませるから、北区域の迷宮入口に待ってて」
「え!?」
カイトが問うよりも先に、少女は受付に駆けた。
「……名前、教えたっけ?」
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