少女ペストと仮面の医師
「ねえ貴方、死んじゃうよ?ここに居ると」
森の奥深く。
大樹の大枝に座っている少女が、近くに現れた人物に警告する。
「なんでだい?ここには人を喰らうバケモノでも居るのかい?」
近くに現れた人物。
声からしてきっと男性なんだろう。
きっと、というのも如何せんその男の服装がおかしかったものだから、少女には性別が分からなかったのだ。
「違うわ、ワタシがその人を喰らうバケモノなのよ」
男は驚いただろうか。
それとも、ワタシのことをバカにして笑っているだろうか。
男の身につけている、カラスの頭のような仮面を付けているせいで表情はよくわからなかった。
頭部から足部まで、黒の洋服を纏っている。
肌の露出なんて一切無かった。
「へえ、そうなのかい。ちなみに、どうやって人を喰らうのか教えて貰ってもいいかな、興味がある」
思わず少女はキョトンとしてしまう。
こいつは頭のネジが一つ外れているのか、おかしい人なのかと。
「何言ってるの、もしワタシが本当に貴方を喰らおうとしたらどうするわけ」
「その時はその時で、何とかするさ」
「そう……」
訂正。
一つどころか、二つ三つネジが外れているようだ。
「ということで、教えて貰ってもいいかな」
「うん、いいわよ。話してあげる」
もうどうせ、ここに来た時点で彼はダメなのだ。
何がダメなのかは、ワタシが話すことを聞いていれば分かるだろう。
「……ワタシの名前、ペストって言うの」
これで分かっただろうか。
きっと逃げていくに違いない。逃げたところで、どうにもならないが。
「ペスト菌を放つ害悪、黒死病の魔女って噂くらい耳にしたことあるでしょう?」
魔女、そうやって皆は私のことを呼ぶ。
人間はワタシを人殺しの魔女と蔑み、敬遠するのだ。
「なるほどね。知ってるよ、君がそうなんだね。でも、人を喰らうバケモノではないじゃないか」
本当に本当に、この人は何を言っているのだろうか??
自分が死ぬってことを理解できないのか。
ワタシのことを分かって、逃げ出さなかった人なんて居なかったから妙に親近感を湧かせてしまう。
どうせこの人も死ぬのなら、せめて死ぬまでくらいいいよね。
「そうね、バケモノではないかもしれない。でも、人を殺すことには変わりないわよ」
「いいや、人を殺してるのは君じゃない。君の体質のせいだから、君自信が人を殺してるなんて思わないようにして欲しいな」
「………………」
「どうしたんだい」
「い、いや、なんでもないわ」
この男は一体なんなんだろう。
初対面の相手に、しかも魔女であるワタシに、そんな優しい言葉をかけれる人がいるだろうか?
いない、よね……普通……ちょっと、本当にちょっとだけ嬉しいかも。
「じきに貴方も死ぬことになるわよ。ワタシと会っちゃったばかりに、ごめんなさい」
「いいさ、気にしないで」
「気にしないでなんて言われても無理よ……また殺しちゃうから」
後悔の念がワタシの中で生まれる。
見つけた瞬間に、逃げろと言えばよかった。
いや、むしろワタシが咄嗟に別の場所へ消えればよかったのだ。
「いつボクが死ぬなんて言った?ボクはこの魔法のかかった仮面がある限り、体外から有害なものを体内に吸い込むことはない」
ど、どういうことだろう……。
「あー、わかんなくても無理はないか、まだ幼いから。つまるところ、ボクは君の近くに居続けても死ぬことはないってこと」
「ほ、本当に……?ワタシ、また人を殺さなくて済むの?」
「ああ、そうだよ。ボクは死なない」
「そ、そっか……」
ワタシの瞳から、スッと涙が溢れた。
嬉しかったのだろうか。安堵したからだろうか。
なんで涙が溢れ出したのかはわからないけど、嫌なことがあったからではないことだけは言い切れる。
「よければ、しばらくの間だけ君の傍にいてあげるよ。これも何かの縁さ」
「い、いいの……?ありがと……」
「ああ」
しばらくの間がどれくらいの期間を指すのかは分からないが、少しでも喋り相手が居てくれるのはとても嬉しい。
「じゃあ、貴方の旅の話でも聞かせてもらっていいかな――」
少女ははにかんだ笑顔を見せながら、仮面を被った男に興味を持った。