2-5
「お待たせしました」
そう言って現れた男はやはり、うっとりするような美しい男だった。金髪の髪が窓から差し込む光に反射し、きらきらと光っている。青い瞳は空と同じで澄み切っていた。
思えばこの人も不幸よね。
別の人を好きになれば振られることなんか絶対になかったのに。
ああ、もしかしたら、すでに振られたことなど忘れたかもしれない。
これだけの容姿だ、告白されればどんな女性も付き合うだろう。
「安田さん?」
自分の思考に没頭しすぎていたせいか、美男の青い瞳が間近にあることに気づかなかった。
「な、なんですか!?」
私はぎょっとして体を起こす。
美形はその様子にくすっと笑った。
笑い方は武そっくりだ。
なんか嫌な感じ。
「何頼みます? ここのご飯はなんでもおいしいですよ」
撫山さんは微笑を浮かべたまま、メニューを渡す。
この美形め。
美形に弱い自分の嗜好を少し恨みながら、渡されたメニューを開く。
「じゃ、私はハンバーグセットで。撫山さんはどうしますか?」
一瞬でメニューを決めた私に美男はすこし驚いた顔をした。
「決めるの、早いですね」
「だって考える時間もったいでしょ。おいしいそうだったから、直感で決めました」
私がそう答えると、撫山さんはまた武のように笑った。
この人の笑い方、いやだなあ。
武と一緒にいるみたいで、ただでさえ美形と一緒で緊張してるのに更にどきどきする。
「じゃ、私も同じものにします。店員さん~」
まったくの白人さんが、流暢な日本語を話すことに驚いた様子もなく、女性店員は近づいてくる。撫山さんは常連のようで軽口をたたきながら、注文をした。
その様子もまた武とかぶり、心底嫌な気持ちになった。
早く終わらせて会社に戻ろう。
だいたい、なんで撫山さんは私を呼び出したんだろう?
「安田さん。付き合っている人いますか?」
えええ??
言われた言葉が理解できず、目をぱちぱちと瞬かせた。
「いますよね? その人やめて私と付き合いませんか?」
「?」
本当にびっくりして目を白黒させた。
いや、昨日あったばっかりだよね?
しかもこんな美形?
加川姉に振られた腹いせで付き合う?
いやいや、ありえない。
なんで?
絶対に裏がある。
絶対に。
「ははは。撫山さん、面白い冗談いいますね。それはフランスのジョークですか?」
乾いた笑いを発しながらも、とりあえず沿う返してみる。
「違いますよ。一目ぼれです。どうです? 付き合いませんか?」
「ははは、撫山さん。おかしいですよ。私はお腹がよじれそうです。ちょっとトイレ行ってきます」
青い瞳から逃げるように席を立つと、脱兎のごとくトイレに駆け込む。
トイレの鏡で自分の顔を確認する。
薄化粧に、キャリアにありがちな後ろにまとめた黒髪。
着ているものも今頃のOLの格好ではなく、昔ながらのカッチリ系の白いシャツにスカートだ。
ありえない。
まじで。
絶対に何かある。絶対に。
私は動揺している自分を奮い起こすと表情を作り、トイレを出て行く。
そしてしつこくアプローチする撫山さんをあしらいながら、仕事で伝えるべき用件を説明した。
そうして会社に戻るともう4時近くだった。
どっと疲れがでて、机に伏せる。
「どうした?安田?」
すると五つ年上の頼れる先輩、芋野さんがそう声をかけてきた。真向かいにいるはずの加川くんの姿は見えなかった。
いても助けにならないけどさあ。癒しくらいにはなりそうなのに。
「ああ、ちょっと疲れまして」
私は机から顔を起こすとそう答える。
「美形疲れか? お前、きれいなもの好きだもんな」
「ははは」
芋野さんは社内で唯一私の嗜好を理解しており、いい年して彼氏もいない私を心配してくれるいい人だった。身長は武と同じくらいで、黒縁のめがねをかけており、少し頼りなさげに見えるくらい優しい顔をしていた。
本当、この人の優しさを武が少しでも持ったら、まともな奴になるだろうな。
「そうだ。招待状頼むんだろう? 業者から電話きてたけど」
「あ、忘れてた! 今何時ですか?」
「4時半」
「うわあ、まずい」
「大丈夫。焦りは禁物だ。明日の朝までに頼めば十分間に合うはずだ」
「そうですか」
「そうだ。じゃ、がんばれよ。わからないことがあったらいつでも聞きにこい」
芋野さんはふわりと笑うと缶コーヒーを机の上におき、自分の席に戻っていった。
「あ、ありがとうございます」
背中に向かってそう言うと彼はひらひらと手を振る。
本当気が利く人だよね。
私もあの人みたいになりたい。
芋野さんの背中から視線を目の前のパソコンに向ける。そしてお昼の愛の告白でどっと疲れた心を甘いコーヒーで癒す。
今日中に招待状の宛先を絞り込むつもりだった。
あとは会場かあ。
めぼしはつけていた。
でも最終確認を撫山さんに取る必要があった。
会うのが面倒くさい。
そうか、メールで聞いてしまおう。
そう決めると会場の候補地のURLと料金や部屋の状態を軽く説明したメールを彼に送りつける。
撫山さんの意図がまったく読めなかった。
一目ぼれ、あの状況で絶対にありえないことだった。だいたい、加川くんを見てたしね。多分姉に似ているから見てたんだろうなあ。
だから彼の言う一目ぼれは絶対に嘘だ。
彼は何らかの意図を持って私にアプローチしてる。
でも何の意図?
ああ、いらいらする。
意図を探るために付き合っちゃおうかな。
あれだけの美形、もう二度と機会はないかもしれない。
どうせ、向こうも本気じゃないだろうし。
いいかもしれない。
お客さんと付き合うなんてあり得ないことだった。
でもなあ。
ペンをくるくると手の中でまわしていると、携帯電話が鳴った。それは撫山さんからで、私は迷ったが電話を取った。
「安田さん? メール、読みました。現場を目で確認することはできますか?」
そう彼が言い、私達は本日二度目のミーティングをすることになった。