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「撫山港。知ってるわ。そう、彼がお客さんなのね」
「どういう関係なのでしょうか?撫山さんは加川さんなら大丈夫だと安心してましたが……」
「知りたい?」
電話口で私は加川姉があの可愛い顔で笑ったのがわかった。しかも何か企んでいるような笑みに違いなかった。
「知りたいです。教えてもらえますか」
「うーん。そうね。弟の初めての相手のなってくれたら教えてあげる」
「な、何ですか。それは!」
「私はまだ諦めてないのよ。あの池垣さんのセフレでかなり親しげだと聞いてるわ。きっと、相当のテクニックで……」
「姉さん!」
怒鳴り返す前に、加川くんの声が聞こえた。
「なんで僕の電話を使ってるの!返して!だいたい、誰と話して…」
姉を詰る加川くんの言葉は途中で止められる。
「安田さんから電話よ。はい」
それは彼にとって絶望の言葉だったのだろうか?
加川姉が電話をつなげたままそう言い、携帯を弟に返したのがわかった。
沈黙が訪れる。
「安田さん?」
しばらくして加川くんの怯えた声が聞こえた。
電話を切らなかっただけでも、よしとしようかしら。
可愛い後輩に少し同情しながらそう思った。しかし、武のセフレ呼ばわりされることは許せなかった。
何度も説明したわよねぇ、確か。
姉にも何度か……
誤解をしたままの姉弟に呆れかえり、その場に頭を抱え悩んでしまった。しかし本来の目的を思い出すと気を取り直し、すくっと立ち上がる。
「加川くん、明日の朝までにお姉さんから撫山さんとの関係を聞き出して。そうじゃないとわかってるわね?」
心を落ちつかせると、出来るだけ静かにそう言った。
それは効果的だったようで、しばらく沈黙があった後、「わかりました」と震えた返事が返ってきた。
「ええ!?あの撫山さんを振ったあ?!」
「はい。姉さんは外人顔が苦手なんですよ。告白してきた撫山さんを振ったことがあるそうです」
まじで?
あの美形を??
さすが罪な女。
小悪魔。
あれだけの美形を振るなんて、なんてもったいなことを。
やっぱり可愛いとちょっと感覚が違うのか。
「えっと。じゃ、僕はもういいですか?」
朝っぱらから屋上に呼び出され加川くんは少し迷惑そうな顔をしていた。
それはそうよね。
「ああ。いいわ。ありがとう。でももう二度、私を武のセフレ呼ばわりしないでよね?」
「わかってます!」
加川くんは青白い顔をして頷く。
「わかればいいわ。じゃ、仕事頑張って!」
肩をたたかれ、よれっと体を揺らしながらも加川くんはそそくさと屋上から姿を消す。私は空を見上げると両腕を伸ばした。体が伸びきって気持ちがすっきりする。
「さあ、何をたくらんでるのかしら。でも自分の会社のパーティーだから、それを壊すようなことはしないと思うけどね」
撫山さんの意図がわからなかった。
過去にこっぴどく振られた相手が自分の会社のパーティーの司会など、私だったらごめんだった。
美形好きの私、過去にたくさんの失恋経験がある。思い起こしても苦い思い出ばかり。失恋の思い出の数なら私の右に出るものはいないだろう。
本当なんで私って美しいものに心惹かれるのかしら。
自分の嗜好に溜息をつきながらも、ランチの際に撫山さんに渡す資料のことを考え始めていた。