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頭痛を抱えて、目覚める。
しかし、時間はまだ七時過ぎ。普通に仕度しても会社には間に合う時間だった。
そういえば、加川姉との関係を聞き忘れたなあ。
やっぱりセフレ関係?
だろうね。
きっと。
私はふと武の端正な顔と加川姉のバービー人形のような顔が重なる様子を思い浮かべ、胸がずしんと重くなるのがわかった。
やっぱり、私は今でも奴が好きなんだ。
その想いを再確認し、私は気分が悪くなる。
でもだから、セフレになるのは嫌だ。
抱かれるだけの女なんて絶対に嫌だ。
私は顔に冷水を浴びせると、顔を拭いた。
今日は初めてお客さんと直接打ち合わせをする日だった。
営業から説明を受けて、私と加川くん……二人で作った企画案をお客さんが採用した。
お客さんの会社はもちろんフランスにある。しかし、まだ支店はないはずだが、日本に会社の代表者がいるらしく、私達はその人と会うことになっていた。
ドアを開け、私と加川くんはくるりと元来た道を戻りそうになった。
代表者は撫山港という、おかしな名前だが、日本人のはずだった。
しかし目の前にいるのは正真正銘外国人だった。
しかも金髪碧眼で、美男。まさにプリンスと呼びたくなるような男性だ。
「はじめまして」
戸惑う私達に、その人は完全に普通の日本語で話しかけてきた。
「私はトゥーサン社の日本代表の撫山港です」
話を聞いてみると彼はいわゆるハーフだった。日本人の要素なんてどこに入っているのか思えるほどだったが、母親は純粋な日本人だった。
国籍は日本。生まれてからずっと日本で教育を受けており、フランス語も話すが母国語は完全に日本語ということだった。
「それではこの企画書通りでよろしいですね」
「はい」
ギリシャ彫刻のような彫りの深い顔の美男はにこりと笑う。私はあまりの美しさに眩暈を覚えた。
うわあ。これはすごい。
いい目の保養になりそう。
私って案外ラッキーかも。
美しい男を見つめながら私はそんなことを思う。
しかし、ふとその視線が私の横に向けられているのに気がつく。
加川くんを見てる?
まさかゲイ?
ああ、もったいない。
綺麗な男はゲイが多いからなあ。しょうがないと言えばしょうがないか。
でも惜しい。
「そうだ。司会は誰がされるんですか?私がしても構わないんですが…」
ゲイ疑惑の美男は、企画書に目を落としたままそう尋ねる。
「弊社で仮押さえした司会がいます。この人ですが、どうでしょうか」
私は手元の書類から加川姉の履歴書を抜くと彼の手元に置いた。
「加川……。この人は君のお姉さんなの?」
写真付きの履歴書を見た美男はその青い瞳を加川くんに向ける。
「……そうです」
加川くんは少し赤くなりながら頷く。
ああ、赤くなちゃって。襲われても知らないから。
あ、でもまずったな。身内でまわしていると思われるのは避けたいんだけど…でもあの加川姉の容姿と経歴はぴったりだからなあ。
窺うような視線を向ける私の前で撫山港は加川くんから視線をはずずと、にんまりと笑う。それがなぜか武の笑顔に重なり、私はどきっとした。
「永香さんなら司会に的確ですね。安心しました。加川くん、永香さんと私は知り合いなんですよ。永香さんに会ったらよろしく伝えておいてください」
意味深な笑みを浮かべたまま、美男はそう言い、私達の打ち合わせは終わりを迎えた。
「加川くん、撫山さんのこと知ってるの?」
「知らないですよ」
会社と撫山さんの事務所は徒歩圏にあり、私達は歩いて会社に戻っていた。ショッピングモールを抜けながら私は彼に話しかける。
撫山さんの純外国人な容姿に彼も驚いていたのだから、知り合いではないはず。しかし、あの加川くんに向ける意味深な笑みを思いだし、私はそう聞かずにはいられなかった。
「姉に聞いてみます」
加川くんは私の後ろを歩きながらそう答える。
そうだ。
武と彼女の関係もこの際聞いてなかったんだ。
この機会に聞いてしまおう。
中途半端なことは嫌いだった。セフレであればセフレだと二人の関係がわかっていたほうが楽だった。
「加川くん、武と君のお姉さんってどういう関係なの?」
「関係って……」
私のことを気遣っているのか、加川くんは足を止め、戸惑っているようだった。
「私には遠慮しなくてもいいから。私、気になったことは聞かないと気がすまないのよ」
「……じゃあ、言います。姉は池垣さんのことが嫌いなんですよ」
「?!」
思わぬ言葉に私は顔をしかめる。
「なんでもセックスが下手だといわれたことがショックみたいで」
「………」
その場に座り込みたくなる。
聞かなきゃよかった。
なんで昼間にこんなこと聞いてしまったんだろう。
私……
「ほら、それで、セフレの安田さんなら、うまいだろうからって姉が言って…!」
そのまま言葉を続けた加川くんは私の殺気をみて、口をふさぐ。
「加川くん、私は何度も言ってるけど、武とはそういう関係じゃないの! 今度言ったら、覚悟しておいてよね」
そう言った私の顔はきっと般若のごとくだったのだろう。加川くんはそれから一言も話すことなく、会社に着くまで私の後をとぼとぼと歩いていた。