10-5
「加川さんが?!」
「そう。撫山が電話してきた」
ああ、今日電話してきたのはその件だったんだ。
見山の木村さんのバーに来ていた。
電話で話を聞いていたけど、武からいい知らせを直接聞きたくて会うことにした。
木村さんのバーがやっぱり落ち着くということで場所はそこになった。
「なんか……信じられない。永香がアドリの社長令嬢ってことも知らなかったし」
「でもよかったね。これでもしかしたらうまくいくかもしれない」
「ああ」
武はやっといつもの彼らしい笑顔を見せる。
武が用意したホテル建設に伴う損害報告書を、加川さんがお父さんの力を使って、宮元社長に直々に見せることにしたらしい。
今夜会うことになっていて、港がそれに関して電話をしてきたみたい。
私が出ないから、武に電話したんだ。
「撫山も、永香も、いい奴だな。これも眞有のおかげだ。ありがとう!」
「え?私、何にもしてないけど」
「だって、お前が彼らに好かれてるおかげで、俺の実家を助けてもらう。多分、お前がいないと動いてくれなかっただろう」
そう言われるとそうかな。
だって加川さんも港も武が嫌いだと言ってるし。
「それで、俺考えたんだ。お前のこと一旦諦める。家のことでお前に負い目があって、俺と付き合ってる気がして嫌なんだ。この件、けりがついたら、正式に付き合うか決めて」
「武!」
そんなことないのに。
「撫山はかなり頭にくるけど、いい奴だしな」
武はいつものように透明な液体と氷の入ったグラスを煽る。
なんで、でも、そのほうがいいのかな。
私も武が好きだけど、確かに負い目が感じている。
「じゃ、俺達はしばらく友達な。でも友達以上の友達だけど」
武は戸惑う私にいたずらな笑みを浮かべる。
「いらっしゃ……」
ふい私達の目の前で、カウンター越しにカクテルを作っていた木村さんの言葉が止まる。その表情が凍りついた感じで、私と武はなんだろうと彼の視線の先、店の入り口を見つめた。
「霧元さん!」
「部長!」
え?!
霧元さんって……
武は部長のこと知ってるんだ!
「霧元さんはお前の部長なのか」
武は彼が私の部長だったと知らなかったらしく、唖然とそうつぶやく。
「……安田。会社を休んでるくせに、会社近くで飲んでるとはいい度胸だな」
入り口からこちらに歩いてきながら、部長はそう口にする。
あちゃー。
また男と……って言われそうだ。
「霧元さん。たまには眞有だって息抜きが必要だと思うんですけど」
武はなんだか意味深な笑みを浮かべて、部長にそう返す。すると部長ははっと気がついたような表情を浮かべた。
「……そうだな。たまには。だが、安田。明日は絶対に出社しろ。加川が困っていたぞ」
そうだよね。
突然休みとったから、きっと加川くん、あたふたして仕事してたんだろうな。
「はい、わかってます」
「それならいい」
部長は頷くと、私達から離れた奥のカウンター席に座る。
「武。部長とよく会うの?」
「うん、まああ。霧元さんはここの常連みたいだから」
「ふうん」
私はあまり深く考えず、首を振る。ちらっと部長を見ると木村さんにお酒を注文してるのが見えた。
「じゃ、そろそろ帰るか。今日は来てくれてありがとう。本当は家に連れて帰りたいけど、この件が片付くまでは我慢する」
色っぽい眼差しを向けられ、ふと昨日の夜の彼の口付けを思い出す。
「楽しみにしてるから」
そんな私に止めを刺すように武が耳元でそう囁き、私の頬は一気に真っ赤に染まった。