10-4
がたん、がたんと揺れる。
私は見られているのを感じた。
はいはい、わかってますよ。
帰りの電車は空いていて、座席に座れたのだが、両脇をしっかりと武と港に固められた。
いやあ、両手に花。
でも嬉しくない。
視線が痛いし、武はむっつりしている。
「眞有は次の駅で降りるんですよね?」
「はい」
しかし港は武とは対照的に、にこにこと笑顔を浮かべて私に話しかけてきた。
「俺も一緒に降りる。眞有のお母さんにも心配かけたし」
武はぐいっと私の肩を引き寄せる。
それを見て港は苦笑し、私は真っ赤になる。
公共の場でちょっと、恥ずかしいかも。
しかも、周りの視線が痛い……
わかってます。言いたいことは……
でも武、どうしたんだろう?
こんな風にするタイプじゃなかったと思うけど……
「じゃ、眞有、池垣さん。また」
港は電車を降りる私達に手を振る。
武は私の手を握ると、硬い表情のまま、階段を降りていった。
改札を抜け、駅を出たとき、ふとその足が止まる。
「眞有。やっぱり、お前は撫山が好きなのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
武を見上げる。
彼は眉間に皺を寄せ、私を食い入るように見つめていた。
「だって、俺はわがままだし、あいつみたいにお前を想えない。だから、もしお前が撫山を好きだったら、俺……」
「どうするの? 武は私を好きなんでしょ? 違うの? 宮元さんと結婚すればよかったと思ってるの? 後悔してるの?」
「!」
しまった。
感情が先走り、言わないでいい事をいった。
実家に戻り、彼は自分を責めているはずだった。
でも私も辛かった。
私のせいで、彼の実家を救えなかったのが辛かった。
「そんなこと思ってるわけないだろう! 例え、お前が撫山と付き合ったとしても、俺は玲美と結婚するつもりはない!」
武は怒りを交えてそう言う。
「なんでそこに港が出てくるのよ。私が好きなのは武なんだから!」
自分に瞳から涙がこぼれるがわかった。
武が私を信じてくれないことが悲しかった。
私のせいで彼を苦しめていることが嫌だった。
「……ごめん!」
武がはっと気がつき私を抱きしめる。
「離して!」
そう言って体をよじり、彼の腕から逃げ出そうとする。
「俺が悪かった。不安なんだ。すごく」
涙を流す私をぎゅっと抱きしめ、彼はかすれた声でそう漏らした。
「池垣さん、ありがとうございました」
気まずい雰囲気のまま、私は武と一緒に家に到着した。
玄関を開けると、お母さんがほっとした様子で出てきて頭を下げる。
「すみません。俺が不安を煽るような電話をしてしまって」
それを見て武は頭を下げる。
元はといえば携帯電話取らなかった私が悪いんだよね。
どう説明していいか、わからなくて取れなかった。
武の隣でぼんやりそう考えていると、母さんがぎろっと私を睨む。
「いえいえ。とんでもないわ。本当、うちの娘も連絡くらいすればよかったんだけど」
「か、母さん。何かやってたんでしょ。早く行ったら!」
説教が始まる予感がして、そう母さんを急かす。
いい年して母親に怒られるところなんて、見られたくなかった。
「わかったわ。池垣さん。本当、今日はありがとうございました」
母さんは溜息をつき、もう一度そう言うと、頭を下げ家の奥へ戻っていった。
「……じゃ、俺会社に戻るから。またメールする」
母さんの姿が見えなくしてほっとしてる私に武がそう言葉を返す。
「うん」
私は、ただ頷く。
なんだろう。
なんて言っていいか、わからない。
結局、玄関を去る武にそれ以上声を掛けれなかった。
どうしたら、
どうしたら。
部屋に戻って、その言葉を繰り返していた。
武は私のことを好きだ。
でも、もしかして、私が邪魔をしなければ、宮元さんと結婚して、案外うまくいっていたかもしれない。
実家は助かるし、宮元さんはお金持ちだ。
ツルルル……
「誰?」
私は机の上で鳴り始めた携帯電話を取る。
「港……」
それは港で、私は出るか迷う。
なんだか、港と話すだけで、武に不安を与えるような気持ちがしていた。
「ごめん」
携帯電話の電源を切ると、ベッドに体を投げだし、うつぶせになり、頭を枕で覆う。
何も聞きたくないし、何も考えたくなかった。
「眞有!」
怒鳴り声がして、部屋の扉が開けられる。
部屋の中が薄暗くなっていて、もう日が暮れてることに気がついた。
私、寝てたんだ……
「また、あんた携帯電話の電源切ったの?池垣さんから電話よ!」
「武?!」
何だろう?
慌てて体を起こすと、扉を開けた母さんの横を擦り抜け、電話機に向かった。




