10-1
シャワーヘッドから、温かいお湯が私の体に降り注ぐ。
「眞有?」
なかなか出てこない私を不思議がってか、武の声がした。
そしてガラッとドアを開けられる。
「入ってこないでよ!」
慌てて両手で体を隠す。するとシャワーヘッドが私の手をすり抜け、勢いよくお湯を撒き散らしながら床に落ちる。
「いいだろう。一緒に入ったほうが時間も節約できるし」
彼はずぶ濡れになりながらもにこっと笑う。武は一糸も纏わぬ姿で、シャワーヘッドを掴み、壁に掛けた。
「私は嫌。出るから!」
武に裸を見られるのが嫌でバスルームを出て行こうとすると、彼がぐいっと私を引き寄せる。
彼の皮膚を直に感じ、私の心臓が跳ねる。
「眞有、お前嘘ついただろう。でもその嘘が嬉しい」
「?!」
そう囁かれ、ばんと武の胸を叩くと、シャワー室から出て行く。
私は彼に嘘をついていた。
経験があるなんて、嘘。
結局武が私の初めての男になった。
それがなんだか、嬉しいような悔しいような複雑な思いが胸を交錯する。
でも武は本気だった。
今度は冗談じゃない。
それがわかってる今、悔しいより恥ずかしい思いが勝っていた。
「じゃ、また」
着替えを持ってきてないため、一旦家に戻ることにした私はバスルームから出てきた武に声を掛ける。
「眞有。ちょっと待って。家まで送る」
濡れた髪をかきあげて、色気たっぷりにそういわれ、真っ赤になる。
「……うん」
そしてどうにか返事をした。
「じゃ、会社に着いたらメールくれよな」
タクシーの中から、武がそう言い、私に手を振った。そして車が走り去る。夜が明け始めようとしている空の下、車を見送り、家に入る。
いろんな思いが交錯しては消える。武は私のために家族を犠牲にした。その想いに答える必要がある。
でも……、もうだめなのかな。
武の実家のほうのお店……
武から実家の話を聞いたことがない。
家族の話になると、彼はいつも適当にはぐらかしていた。
一旦は家族のために私と別れた。
家族に想いがあるのは確かだった。
武……
部屋に入り、ベッドの上で丸くなる。
もしかしたら、まだ救う方法があるかもしれない。
私のために武が家族を犠牲にするのは嫌だ。
そうだ、武の実家に行って見よう。
行ったら何か方法が見つかるかもしれない。
そう決めると、今日休む事を伝えるため、加川くんと芋野さんにメールを送る。
『まったく、明日は必ず出て来いよな』
『お幸せに~』
すると芋野さんと加川くんからすぐそうメッセージが返ってきた。
もう起きてるんだ。
時間は朝の六時だった。
そういえば芋野さんは、朝ジョギングしてるとか言ってたな。でも加川くんは?
疑問に思ったけど、そんなこと考えてる場合じゃないとパソコンの電源を入れる。
武の実家の住所を調べるつもりだった。
池垣商店で検索すると住所が出てきた。
住所を紙に書くと、出かける準備を始める。
自分を選んでくれた武のために、何かしたかった。
動きやすそうな服を選び、小さな鞄を掴む。電車で三時間ほどかかる道のりだった。
「眞有?」
玄関に向かって歩いていた私に母が声を掛ける。
「どこ行くの?仕事じゃないわよね?」
「ごめん。母さん。今は言えないよ。でも悪いことじゃないから」
いい年して言う台詞じゃないなと内心思いながらも、そう口にした。
「……あなたがすることに口出するつもりはないわ。ただ、後悔しないようにね」
「うん。わかってる。ありがとう。母さん」
スニーカーを履いて玄関を開け、その眩しい光に目を細める。
「行ってきます」
夜が完全に明け、朝を迎えた街に足を踏み出した。