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パーティー開始まで後一時間前になり、受付を始めた。座っている芋野さんの横に立ち、周りを見渡す。
すると見慣れた長身の姿が見えて、目が奪われるのがわかった。
背の高い彼は黒のスーツに身を包み、真っ黒な前髪は涼やかな瞳が見えるようにざっくり切られていた。口元にすこし皮肉げな笑みを浮かべ、歩き方も堂々としたもので男の色香が漂っている。
そんな武の腕を掴み、猫のような可愛い女性、玲美さんが受付用のテーブルに現れた。
テーブルから少し離れたところに立っていた港が、顔を強張らせるのがわかった。でも覚悟していたことなので、港に心配しないでと笑顔を送る。
「宮元カンパニーの方ですね」
芋野さんは硬い声色で彼女の言葉を復唱する。
「ごめんなさいね。父は来れないわ。私が父の代理で来たの。婚約者も一緒よ」
玲美さんはにこりと微笑む。
そんなこと言わなくてもいいのに。
明らかに当てつけだ。
しかも宮元社長が来ないのであれば、今回の計画は完全に失敗だ。
玲美さんは私達の落胆に気がついたようで勝ち誇ったように笑っていた。その隣で武が苦しげに眉を潜めて、視線を壁の方に向けている。
武は何もできない。
わかってる。
「ご来場ありがとうございます。パーティー開始まで後三十分ありますので、中でワインなど試飲しながらお待ちください」
私は震える声でそう言う。
計画は失敗だ。でも、パーティーだけでも成功させたい。
自分を叱咤し、笑顔を浮かべる。
「安田さんでしたっけ?私ワインのこと、詳しくないの。始まるまで時間があるみたいだから説明していただけるかしら?」
そんな私に彼女は追い打ちをかけるようにそう口にした。
彼女はどこまで私を嫌いなんだろう。
彼女の意図はわかっていた。
私の前で武との仲を見せ付け、私を傷つけたいんだろう。
「宮元様、かしこまりました」
私の言葉に、武が目を閉じ、彼女はにこりと満足げに笑った。
予想通り、彼女は私の説明に興味がないようで、ふんふんと聞き流し、私に当てつけるように武に纏わりつく。
「武、これ試してみたら?」
自分が口にしたワイングラスを彼女が妖艶な笑みを浮かべて、武に渡す。私は息苦しくなって顔をそむけた。
わかってる。
武は逆らえない。
でも、見たくない。
「悪いけど」
ふと私の耳に、それまで口を固く閉ざしていた武の声が届く。
「!?」
そして彼は玲美さんから離れると、私の傍に立った。驚いて彼を見上げる。そんな私に彼はにっこりと笑いかけた。
「玲美。家の事で俺はお前と結婚するつもりだった。でも、俺はこれ以上、お前の言いなりになるつもりはない。お前との婚約は解消する」
そう言って武は私の腰の手をあて、傍に寄せる。触れ合う彼の体は小刻みに震えているようだった。
しかしその表情は堅く、じっと玲美さんを見つめていた。
「武?!そんなことをしたらわかってるの?」
彼女は武を睨みかえして、そう叫ぶ。その大声に周りの人の視線が一気に私達に集中する。
「ああ、わかってる。お前の好きにしたらいい」
武は動じることなく静かに言葉を紡ぐ。気がつくと武の背中に手を回していた。彼のことがなんだか心配だった。
「ふん、どうなっても知らないから!」
玲美さんは噛みつくようにそう言い放つと、ぷいっと背を向け、会場を後にした。
周りの人がざわざわと話をし始めるのがわかった。
でも私はそんなことどうでもよかった。
「武……?」
いいの?
心配になって武を見上げる。
玲美さんを怒らせることは武の実家にかかわる問題だ。
しかし、武は私を安心させるように優しい笑顔を浮かべる。
「ごめん。眞有。始めからこうすればよかった。俺はお前が好きだ。だからいいんだ」
武はそう言うと私を抱きしめる。
どうしたら……
彼は私のために、家をあきらめた。
彼が私を選んでくれたことは嬉しかった。でもそのために犠牲にしたものを思い、胸が苦しくなる。
「武……」
私の瞳から涙があふれ、武の胸をぬらす。
「眞有。泣くな。俺が決めたことだから。お前は気にしなくていいから」
武は涙を流す私に優しく囁く。
周囲のざわめきが私達を取り囲む。
しかし、会場の照明が一気に消えて、ざわめきが止んだ。そして音楽が流れ始める。
ああ、パーティーが始まるんだ。
会場内を流れる港が選んだ音楽を聴きながら、パーティーが開演したことを感じていた。