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「安田さんにはお礼をしたいから。もちろん、OKよ」
突然の呼び出しにもかかわらず、加川さんは微笑むと私の願いを承諾してくれた。
明日の港の会社のパーティーに玲美さんのお父さんを呼ぶ。
とんでもない思いつきだった。
しかし、会社のことを調べて見ると意外に来てくれそうな感じだった。
でも明日だからなあ。
「宮元カンパニーね。結構手広くしてるみたいね。さあ、どうアプローチしようかしら」
加川姉はその可愛らしい顔の大きな瞳を輝かせた。
「とりあえず、任せておいて。明日のパーティーには絶対に参加させるから」
自信たっぷりに笑み、加川さんは宮元カンパニーの情報が入ったファイルを持ち、席を立つ。
「池垣さんは大嫌いだけど、安田さんのことは大好きだから。本当弟の最初に相手になってくれたら」
「加川さん!」
「冗談よ。冗談」
加川姉は軽やかな笑い声を立てた後、手を振る。弟と類似してるがさらに可愛らしい姉は完璧だった。膝から少し上くらいのワンピースの裾が歩くたびに 揺れる。ピンクの女性らしい、ゆったりとした袖で丈が短めのカーディガンは真っ白なワンピースに調和し、可愛らしさを際立てていた。
店を出るのを見送ってると何人もの男性が加川さんに目を奪われる姿を見た。
芋野さんも苦労するだろうな。
あ、でも本人もかっこいいからな。本当は。
そんなことを思いながら、席を立つ。
明日はいよいよ港の会社のパーティー。
成功させたい。
あと武のことも……
「武?」
お風呂上り、髪を拭いていると携帯電話が鳴った。出るとそれは武だった。
「……よかった。出てくれて。今ならかけても大丈夫だと思って」
電話口の武は心底安堵した声を出す。電話番号は非通知だった。外からかけてるらしく、車のクラクションや人の喧騒が遠くに聞こえる。
「今公衆電話。まだ存在しててよかった。おかげで電話かけれた」
武は苦笑交じりの吐息を漏らす 。
彼の声は私の胸を苦しくさせ、涙が出てきそうになった。
「眞有。俺、あきらめないから。好きだって気持ちは本当だ。だから……」
そこで電話が不意に切れた。
切れる前に玲美さんらしき声が聞こえた気がする。
武……
携帯電話を握り締める。
信じてみよう。
だから、この計画はうまくいかせるんだ。
明日のパーティーを大成功させて、玲美さんのお父さんとも仲良くなる。
そして武が作ってる報告書を見せ、武の実家のお店の立ち退きをあきらめさせる。
がんばろう。
顔を上げると、湯気で曇った鏡の中の私に不敵に笑いかけた。