8-3
「安田さーん!ありがとうございます!!」
翌日、疲れが取れない重い体をひきずって会社に行くと、子ウサギに笑顔で出迎えられる。
その後ろに見えた芋野さんは少し照れたような顔をしていた。
「本当、安田さんはすごいです。安田さんの問題も解けるといいですよね!」
「問題?安田、何か困ってるのか?」
芋野さんがもっそり後ろから顔を覗かせ、そう聞いてくれる。でも加川くんを睨みつけ、何も言わせないようにした。
この問題は私と武のこと。誰の手も借りるつもりはない。
でも撫山さん……違った、港の助けは借りてるけど。
港が関わってくれないと、私は武の真意がわからなかった。
単に自分をからかっただけだと思っていたはず。
本当、港には感謝しなきゃ。
でも問題はまだ解決されていない……
どうにかしなきゃ。
「じゃ、明日十二時からセッティングスタートですね」
「はい、お願いします」
午後二時、舞台設営、音響、照明のスタッフと港の事務所で打ち合わせを終わらせた。スタッフや私の言葉は港が本社の人たちに通訳してくれ、打合せは無事に終了した。
「あ、眞有。ちょっと残っていてください」
スタッフを見送り、同じように事務所を出ていこうとする私を港が止める。そして、本社の人にフランス語で何か言うと、側にやってきた。
「昨日、池垣さんと話したことを伝えますね。伝言もありますし」
伝言というところで眉間に皺を寄せたが、港は私を連れると事務所を出て、階下の喫茶店に入った。
私達の姿を見ると、いつもの店員がにこっと笑う。その笑顔がなんだか素敵で心が温かくなる。
希望的な状況ではないのだが、なんだか心が癒されていた。
これも、彼のおかげなのかな?
ちらっと港の顔を見ると、美形の彼はとんでもなく麗しい微笑を浮かべる。
ああ、神々しい笑顔だ。
「眞有はコーヒーでいいですか?」
「はい」
私の返事を聞いて、港はコーヒーを二つ頼む。そしてその美しい顔を私に向けた。
「まず、嫌なことから伝えますね」
彼は眉をひそめる。
「池垣さんが、好きだから。本当に好きだから。待っててくれと言ってました」
港は苦虫を噛み潰した顔でそう口にした。
武……
わざわざ港に言わせなくてもいいのに。
っていうか、港も律儀な人だな。本当。
「で、本題ですね。やはり、玲美さんは池垣さんの実家のことで、彼を脅したようです。まったく、卑怯としかいいようがありませんが」
そう彼が言ったところで、コーヒーが運ばれてくる。
ありがとうと彼はお礼をのべ、再び口を開いた。
「結婚を止めるにはホテル建設計画を止める必要があります。しかも早急に。そのためにはその場所にホテルを建てても清算が見込めないという報告書を作ってもらうことにしました。これは池垣さんの得意分野ということで、お任せしました。私達は、玲美さんのお父様にその報告書を見せるため、彼に近づく必要があります」
そこで、彼は再び言葉を止め、コーヒーを飲んだ。
港の瞳が光を受け、きらきら輝いているようだった。
ああ、光じゃなくて、なにか面白いことを考えているみたい。
子供みたいに目を輝かせてる感じだ。
「眞有。招待客にまだ余裕はありますよね?玲美さんのお父様を呼びましょう。ホテル関連で呼びやすいはずです」
「でも来てくれるでしょうか?」
「そこは永香さんにがんばってもらいましょうか」
「永香さん?」
「そうです」
彼はコーヒーカップを手に取り、口をつける。そして笑った。