7-2
気持ち悪い…
頭痛とこみ上げる吐き気を覚えて、目を覚ます。
そしてトイレに駆け込もうと体を起こした。
「!?」
感触が違うベッドだと思った。匂いも何もかが違う気がした。
誰かいる?!
隣に人の影が見えた。見渡すと自分の部屋とは違うようだった。
吐き気も忘れ、隣にいる人を確かめようと体を近づけた。
「眞有さん」
すると手が伸びてきて、その胸に抱かれる。
ひやりと彼の皮膚の感触が伝わる。
「な、撫山さん?!な、なんで!?」
彼の腕の中で必死に抵抗する。
状況がまったくわからなかった。
「眞有さん、好きです」
彼はそんな私に構わず、ぎゅっと抱きしめる。
「な、撫山さん、ちょっと、くるっつ」
強く抱きしめられ、忘れたはずの吐き気がもどってきた。
「!?」
「すみません……」
椅子にちょこんと座り頭を下げる。
シャワー室から出てきた彼は、バスローブを羽織り、髪をタオルで拭きながら、そんな私に笑いかける。
「まさか、あの場で吐かれると思わなかったです」
「いえ、あの……」
彼の胸に向かって、盛大に吐いてしまい、かなり反省していた。
嘔吐物にまみれたベッドカバーは彼がもう古いものだからゴミ箱に入れた。マットレスは私が必死に拭いたので、どうにか使い物になりそうだった。
扇風機をあてて、マットレスを乾かしている。
「眞有さん、シャワー浴びたらどうですか?」
「えっと、私、マットレスが乾いたら家に帰るので、大丈夫です」
そう答えながらマットレスに触れる。
まだ濡れてる。
時計をみると午前三時、家に戻るのは四時くらいになりそうだ。
それからシャワーを浴びて寝ると五時、ほとんど寝る時間はなさそうだった。
「うちに泊まっていってください。もう何もしませんから」
撫山さんは微笑む。まだ濡れている髪がきらきら輝き、色気が漂っている。
信じられない。
だって、私、タクシーの中にいたよね?
で、なんで彼の家に?
「本当はちゃんと家に送るつもりだったんです。でも眞有さんが寝てしまって、起こそうとしても起きなくて。しかたなしに加川くんに電話したら、会社に戻らないと住所がわからないというので、家に連れてきたんです」
疑惑の私の視線を感じてか、撫山さんはそう説明した。
ああ、加川くん。
加川くんに電話したという言葉で一気に脱力する。
会社に行きたくない。
どんな噂が広まっているのか想像し、青ざめる。
「え?まずかったですか?加川くんしか知ってそうな人いなくて、あの人には聞きたくないですし……」
加川くんのことを考えていた私は、彼の言葉をちゃんと聞いていなかった。
ただ明日のことを考え、愕然としていた。
「眞有さん。神に誓ってなにもしません。今から家に戻っても寝る時間ないですよ?明日の午後はうちの会社との打ち合わせもありますし、泊まってください。ベッドは使えないので、ソファを使ってください。私は床で寝ますから」
「え、あの」
戸惑う私に撫山さんはそう言い、枕などをソファに持っていく。
「まずはシャワー。その匂いつけたままで寝るんですか?」
言われて自分の匂いに気がつく。すっぱい匂いがし、吐き気がさらにこみ上げる。
「あ、そこで吐かないでください!トイレ!」
指で示されたトイレに駆け込む。ばたんとドアを閉めると、吐き気が頂点に達し、便器に顔を近づけた。
「タオルはかけてあります。新しいですから使ってください。私は先に寝てますから、ごゆっくり」
ドア越しにそう聞こえる。
答えようとしたが、吐き気がひどくて答えられなかった。
結局、撫山さんの言葉に甘えて、シャワーを浴びることにした。ひどい匂いと髪がべたついて気持ち悪かった。
蛇口を捻り、お湯を浴びる。
そうだ、私。
振られたんだっけ。
お湯を浴びながら、撫山さんの部屋にいたことと、吐き気ですっかり忘れていたことに気がつく。
なーんだ、私。やっぱり強いじゃん。
やっぱり、武のことなんて、そんなに好きじゃなかったんだ。
しかし、そんな気持ちも長く続かなかった。
温かいお湯を浴び、昨日のことを思い出す。
武の熱い視線、吐息……。
昨日まで私たちは確かに恋人同士だった。
彼にキスをされ、甘く囁かれた。
とても幸せな時だった。
そう、私はとても幸せだった。
「うっ、な、なんで……」
その場にしゃがみこむ。
しゃーと温かいお湯が雨のように注ぐ。
じっと俯いたまま、ただシャワーに打たれていた。
いつまでそうしていたのか、わからない。
シャワー室から出ると、寝息が聞こえた。
ほっと胸を撫で下ろす。
撫山さんの優しさに触れたら、また泣いてしまいそうだった。
鞄の中からメモ帳を取り出し、そこに彼へのお礼を書く。そしてそのページを破いて、机に置くとそっと部屋を出た。
彼のアパートのドアは自動的に鍵がかかるようになっていた。
そのことに安堵して、足を踏み出す。
甘えるのは嫌だ。
マンションから出ると、手を上げてタクシーを拾う。そして家に急いだ。




