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友情という名の関係  作者: ありま氷炎
Chapter 7  美しい友人
31/50

7-2

 気持ち悪い…


 頭痛とこみ上げる吐き気を覚えて、目を覚ます。

 そしてトイレに駆け込もうと体を起こした。


「!?」


 感触が違うベッドだと思った。匂いも何もかが違う気がした。


 誰かいる?!


 隣に人の影が見えた。見渡すと自分の部屋とは違うようだった。

 吐き気も忘れ、隣にいる人を確かめようと体を近づけた。


「眞有さん」


 すると手が伸びてきて、その胸に抱かれる。

 ひやりと彼の皮膚の感触が伝わる。


「な、撫山さん?!な、なんで!?」


 彼の腕の中で必死に抵抗する。

 

 状況がまったくわからなかった。


「眞有さん、好きです」


 彼はそんな私に構わず、ぎゅっと抱きしめる。


「な、撫山さん、ちょっと、くるっつ」


 強く抱きしめられ、忘れたはずの吐き気がもどってきた。


「!?」

 


「すみません……」


 椅子にちょこんと座り頭を下げる。

 シャワー室から出てきた彼は、バスローブを羽織り、髪をタオルで拭きながら、そんな私に笑いかける。

「まさか、あの場で吐かれると思わなかったです」

「いえ、あの……」


 彼の胸に向かって、盛大に吐いてしまい、かなり反省していた。

 嘔吐物にまみれたベッドカバーは彼がもう古いものだからゴミ箱に入れた。マットレスは私が必死に拭いたので、どうにか使い物になりそうだった。


 扇風機をあてて、マットレスを乾かしている。


「眞有さん、シャワー浴びたらどうですか?」

「えっと、私、マットレスが乾いたら家に帰るので、大丈夫です」


 そう答えながらマットレスに触れる。


 まだ濡れてる。


 時計をみると午前三時、家に戻るのは四時くらいになりそうだ。

 それからシャワーを浴びて寝ると五時、ほとんど寝る時間はなさそうだった。


「うちに泊まっていってください。もう何もしませんから」


 撫山さんは微笑む。まだ濡れている髪がきらきら輝き、色気が漂っている。


 信じられない。

 だって、私、タクシーの中にいたよね?


 で、なんで彼の家に?


「本当はちゃんと家に送るつもりだったんです。でも眞有さんが寝てしまって、起こそうとしても起きなくて。しかたなしに加川くんに電話したら、会社に戻らないと住所がわからないというので、家に連れてきたんです」


 疑惑の私の視線を感じてか、撫山さんはそう説明した。


 ああ、加川くん。

 加川くんに電話したという言葉で一気に脱力する。

 

 会社に行きたくない。

 どんな噂が広まっているのか想像し、青ざめる。


「え?まずかったですか?加川くんしか知ってそうな人いなくて、あの人には聞きたくないですし……」

 

 加川くんのことを考えていた私は、彼の言葉をちゃんと聞いていなかった。

 ただ明日のことを考え、愕然としていた。


「眞有さん。神に誓ってなにもしません。今から家に戻っても寝る時間ないですよ?明日の午後はうちの会社との打ち合わせもありますし、泊まってください。ベッドは使えないので、ソファを使ってください。私は床で寝ますから」

「え、あの」


 戸惑う私に撫山さんはそう言い、枕などをソファに持っていく。


「まずはシャワー。その匂いつけたままで寝るんですか?」


 言われて自分の匂いに気がつく。すっぱい匂いがし、吐き気がさらにこみ上げる。


「あ、そこで吐かないでください!トイレ!」


 指で示されたトイレに駆け込む。ばたんとドアを閉めると、吐き気が頂点に達し、便器に顔を近づけた。


「タオルはかけてあります。新しいですから使ってください。私は先に寝てますから、ごゆっくり」


 ドア越しにそう聞こえる。

 答えようとしたが、吐き気がひどくて答えられなかった。


 結局、撫山さんの言葉に甘えて、シャワーを浴びることにした。ひどい匂いと髪がべたついて気持ち悪かった。


 蛇口を捻り、お湯を浴びる。


 そうだ、私。

 振られたんだっけ。

 

 お湯を浴びながら、撫山さんの部屋にいたことと、吐き気ですっかり忘れていたことに気がつく。


 なーんだ、私。やっぱり強いじゃん。

 やっぱり、武のことなんて、そんなに好きじゃなかったんだ。


 しかし、そんな気持ちも長く続かなかった。


 温かいお湯を浴び、昨日のことを思い出す。


 武の熱い視線、吐息……。

 昨日まで私たちは確かに恋人同士だった。

 彼にキスをされ、甘く囁かれた。

 

 とても幸せな時だった。


 そう、私はとても幸せだった。


「うっ、な、なんで……」


 その場にしゃがみこむ。

 しゃーと温かいお湯が雨のように注ぐ。

 じっと俯いたまま、ただシャワーに打たれていた。



 いつまでそうしていたのか、わからない。

 シャワー室から出ると、寝息が聞こえた。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 撫山さんの優しさに触れたら、また泣いてしまいそうだった。


 鞄の中からメモ帳を取り出し、そこに彼へのお礼を書く。そしてそのページを破いて、机に置くとそっと部屋を出た。

 彼のアパートのドアは自動的に鍵がかかるようになっていた。


 そのことに安堵して、足を踏み出す。


 甘えるのは嫌だ。

 

 マンションから出ると、手を上げてタクシーを拾う。そして家に急いだ。


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