7-1
「安田さん、そろそろ帰ったほうがいいですよ」
「いや、まだ飲むもん」
いやいやと首を横に振る。
出されたカクテルがおいしくて何度もおかわりした。
さすがに舌が回らなくなり、子供っぽくなり始めた私を心配し始め、木村さんはおかわりをくれなくなった。
「今日はとことん飲むの~。木村さん、おかわり!」
「駄目です」
「?!」
木村さんの声ではないが、聞き覚えのある声がして、するりと私の隣の席に男が座る。
「な、撫山さん?!」
「こんばんは」
驚く私に彼はにこりと微笑む。
「な、なんでここに?」
「……木村さんに電話をもらったんですよ」
「木村さん!?」
顔を上げると、木村さんはそうそう、と頷いている。
この二人、友達?
知らなかったんだけど?
でも私の酔って、使い物にならない脳みそは、そんなことどうでもよかった。
飲む相手ができたと単純に喜ぶ。
「じゃ、一緒に飲みましょうよ!今日は私のお馬鹿な失恋記念です。おごりますよ~」
ふふふと私が笑うと撫山さんは一瞬躊躇した後、笑い返した。
「眞有さん、お誘いは嬉しいですけど、明日も仕事ですよ。帰りましょう」
「え? なんで? 大丈夫、大丈夫。明日はしゃんとしてますから。撫山さん、お願い、飲ませて。飲まないと、死んでしまう。気持ちに押しつぶされちゃう」
「……わかりました。おつきあいしましょう」
泣きそうな私に彼の青い瞳が注がれる。
ああ、きれいな色。
今日はなんだか海の色に見える。
「木村さん。ビールありますか?ください」
「……はい」
木村さんはにこりと笑うと、背を向けて準備をし始める。
「眞有さん、今日はとことん飲みましょう。私がお付き合いします」
「本当ですかあ?ああ、嬉しいなあ。こんな綺麗な人と飲めるなんて天国みたいですよ~」
はははと私は笑う。
なんだが鼻がつんとして、視界が揺れ始める。
まずい、なんで私。
こんな最悪。
木村さんのハンカチで目頭を押さえる。
「ははは。私、酔うと泣き上戸なんですよ」
馬鹿な私はしゃっくりをしながらそう口にする。
馬鹿な私。
武に本気で好かれたなんて思っちゃって。
ありえないわ。
自分が滑稽に思える。
「眞有さん」
そう呼ばれ、彼が私を抱きしめたのがわかった。
「撫山さん!」
「眞有さん、無理しなくてもいいんですよ。泣きたければ私の胸を貸しますから」
「そんな、そんなこと」
彼から伝わる優しさに私の心がほぐされる。
でも、こんなのよくない。
「大丈夫です。襲ったりしませんから」
くすっと茶目っ気たっぷりに囁かれて私は笑う。
「面白いこといいますよね。撫山さんは」
彼の胸を押す。
いつの間にか酔いが醒めてきていた。
彼の優しさに頼り、つぶれた心を一時的にも癒してもらうこともできる。
でも、そんな関係、嫌だった。
「撫山さん、帰りましょう。明日もいろいろ大変ですから」
「……そうですね」
「タクシーで送ります」
「そんなの、いいです」
「駄目です」
撫山さんはぐいっと私の肩を掴むと、タクシーに乗り込む。
「中野町に行ってください」
一回しか来たことないはずなのに、彼はそう私の家の住所を運転手に伝える。そしてタクシーは走り出した。
「覚えてるんですか?」
「でも番地があやふやです。近くまできたらよろしくお願いしますね」
隣に座る撫山さんは金色の髪を揺らしながら笑う。
ああ、なんて綺麗な人だ。
窓から差し込むネオンの光が、髪に輝きを与える。
私はその輝きを見ながら、いつの間にか眠りに落ちていた。