表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友情という名の関係  作者: ありま氷炎
Chapter 6  Sweet dreams
29/50

6-5

「武?!」


 報告書を部長にメールして、企画実行部の部屋から出る。

 そしてエレベーターで降りたところで、武の姿を見て声を上げる。


 すでに時間は九時。

 受付嬢の野田さんもいなくて、ロビーはがらんとしている。


「どうしたの?」


 ロビーを駆け抜け、武に走り寄る。


「話があるんだ。店に行こう」


 武はにこりともせず、そう言うと私の腕を掴み、ビルを出て行った。


 昼間のキスのことかなあ。

 誰かから聞いたのかな?


 木村さんのいる店に入り、いつものようにウォッカのロックを、私にはカンパリオレンジを注文した後も、武は難しい顔をしていた。


 らしくないなあ。

 やっぱりキスのこと?


「どうしたのよ。武!」


 ばしっと彼の肩をたたく。すると彼は決心したように私の顔を見つめた。


「どうぞ」


 木村さんから出されたグラスを煽り、武はぱんっとテーブルに置く。

 その音が結構大きくと私はびくっとした。周囲の人も一瞬だけこちらを見たが、それだけだった。


眞有まゆ。ごめん。俺たち、別れよう」

「?!」


 別れよう?

 今、武はそう言ったよね。


 やっぱりそうか。

 付き合ったのはやっぱり気の迷いだったのね。それか体目的? 寝ない私にがっかりして別れるとか……そういうこと?


「……お前のことは好きだ。だけど……」


 しかし、武は搾り出すような声でそう言葉を続ける。


 なんで、そんなこと。

 そんなこというのよ!

 別れるんでしょ?


「武!」


 私が彼に言葉を返そうとすると、猫のような可愛い女性が現れた。その女性は、以前家の近くで見た、武とじゃれていた人で、大きな瞳にオレンジ色に近い茶色の髪のボブヘアの彼女だった。


玲美れみ


 武は目を大きく開くと彼女を見つめる。


「浮気はだめっていったでしょ?」

「浮気?」


 そうつぶやいた私の声は震えていた。


「そう、武は私と付き合ってるの。そして来月にでも結婚するの」

「?!」


 声を失い、ただ武を見つめる。


 だって、武は私と付き合うっていったよね。

 そんなこと知らなかった。

 知ってたら、もっと早く教えてくれたら。

 こんなに好きになる前に!


「武、なんか言ったら?」


 彼女は彼の腕に手を絡めて、上目遣いで見つめる。


「……悪い。そういうことなんだ」


 武らしくない歯切れの悪い言葉がその口から漏れる。その眉は寄せられ、唇がぎゅっと閉じられていた。


「わかったでしょ?武。話は終わったわよね?さ、帰りましょ」


 彼女がそう言い、武が席から立つ。


 吐き気と眩暈を覚えた。

 しかし、武の、彼女のいる前では弱みをみせたくなかった。

 

 私は強い女。

 これぐらいで負けない。


「……武。私も本気だと思ってなかったから。結婚おめでとう!」


 私の言葉に武が振り向く。そして何かを言いかけようとしたところで、彼女がその腕を引っ張った。


 からんと扉が開く音がして、二人が出て行く。

 私の我慢が聞いたのか、お客の興味は私ではなくそれぞれのパートナーや友達に戻ったようだ。

 目の前にある、武の飲みかけのウォッカの入ったグラスを煽る。

 苦い味とお腹に痛みが走る。

 それでも私は再びグラスを煽る。


「大丈夫ですか?」


 ふいにそうカウンター越しに声がかけられる。木村さんがそっとハンカチを差し出す。


「あ、私……」


 いつの間にか泣いている自分に気がつく。


「これは飲まないほうがいいですよ。私がいいものを作ってあげましょう」


 木村さんはにこりと笑うと私からグラスを取り上げる。そして色鮮やかなボトルを奥から取り出す。


「待っててくださいね」


 そう言って笑った顔はとても優しく、私の瞳から一気に涙が溢れ出す。

 

 人に見られたくなくて、借りたハンカチで両目を押さえた。

 ハンカチからほのかなラベンダーの香りがして、私の傷ついた心を優しく包んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ