6-1
「眞有」
「待って!」
シャツのボタンに手をかけた武の手をつかんだ。
「ダイエットするまで待ってて」
「なんだよ。それ!」
せっかくのいいムードだった私逹はとたん、元の友達モードに戻る。
「だって、お腹ぶよぶよだし。ちょっと見られるのが嫌」
「だったら電気消せばいいだろう」
武は大げさに肩をすくめ、ソファから体を起して電気を消そうとした。
「嫌、頑張ってダイエットするから。待ってて」
彼氏、彼女になってから3日目、武に断れない状況で誘われ、彼の部屋で飲んでいた。すると武がキスをし始め、そのうち……気がついたらソファに押し倒されていた。
気持ちよさに頭が蕩けるチーズのようになっていたが、ふいに嫌な考えがよぎる。
本当に好きなの?
それは新しい関係を始めてから、ずっと付きまとっている疑問で、何度好きだと囁かれても解けないものだった。
「ダイエットなんていいのに。俺は柔らかい方が好きだから」
私の言い訳に、武は色気たっぷりにそう返し、深くキスをする。
付き合うようになり、たった三日だが武は変わった。頻繁にメールをくれるようになり、私に事あるごとに触るようになった。友達だったころは肩を掴まれても何も感じなかったのに、今はその手に触れられるだけでどきどきした。
でもそんな気持ちの中、踏み切れないでいた。
「なあ、眞有。だったら、服着たままでいいから」
首筋をぺろりと舐められ、ぞくっとする。
その目は獲物を見る豹か、なにかの野生動物のように鋭い。
「着たまま?!」
ぎょっとすると、彼はぺろりと唇を舐める。
「うん。その方がそそられそう。オフィスで愛を確かめ合う男女ってシチュエーション。どう?」
どうって!
エロい!エロすぎる!
その思考に眩暈を覚えた。
いや、だめ。
このまま流され抱かれたらまずい。
理性的な私は彼の腕の下から逃げ出す。
「眞有」
武はすこし責めるように私の名を呼んだ。
「だめ、ダイエットしてから」
「頑固だなあ」
彼は大きな溜息をつくと髪をすくいあげ、ソファにどかっと座る。その仕草が何だがぞくぞくするような色気があり、私は思わず顔を背ける。
うわあ。なんか武って、馬鹿みたいにフェロモンたっぷりだ。
その反応を見て彼がにやっと笑った。
「俺は眞有の今が見たいのに。きっとベッドの上のお前は全然違うはずだし……」
彼は熱を帯びた視線を私に向ける。
このエロめ。
そう思ったところで、ふいに携帯の鳴る音がする。
「誰から?」
鞄から携帯電話を取り出した私に武がそう問う。
「誰でもない。アラームセットしてたの。時間忘れるとまずいから」
「ふーん」
彼は府におちない顔をしたけど、実際アラームなのは本当で、嘘じゃなかった。
だいたい、電話だったら電話だって言うし。
嘘ついてもしょうがないじゃない。
「じゃ、武。私、今日は帰るね」
「え、帰る?なんで?」
鞄を持った私に、武は眉間に皺を寄せるとソファから立ち上がる。
「明日は朝から打合せがあるから早く帰りたいの」
「……それって撫山の?」
「うん」
彼が目を細めて私を見つめる。
「……行くな」
「?!」
「行くなって言ったら?」
「無理に決まってるでしょ」
「冗談だよ」
彼はクスッと笑うと腕を組む。しかし目はなんだか笑ってなかった。
おかしな様子に私は首を傾げる。
「今度来る時は着替えもってこいよな」
そう言った武はいつもの彼で、ほっとして頷く。
「じゃ、明日こそは帰さないから」
駅まで送ってくれた武は改札口を抜けようとする私に囁く。
「?!」
真っ赤になった自分に、彼はしてやったと微笑んだ。
「またな」
甘い、甘い……
武がエロくて甘くて堪らない。
電車の中で私は顔が緩みそうになるのを必死で堪える。
なんて幸せなんだ。
私……
でも、理性的な私はそんな甘い一時の中でも「信じていいの」と私自身に問いかけていた。
彼の甘い言葉はもう何十人の女性に囁いてきた言葉だ。
特別ではない。
抱かれてしまったら、もう終わりかもしれない。
武に飽きられて捨てられるかもしれない。
その考えに至り、私の幸せな感情は一気に萎む。
電車は、家の最寄り駅に到着しようとしていた。




