5-4
「安田さーん」
出社すると、きらきらと輝く笑顔で出迎えられた。
それはかわいい後輩の加川くんで、その隣の芋野さんもなぜか笑顔だった。
勘違いされてる。
絶対に。
「昨日。どうでした?」
加川くんはわくわくした様子でそう尋ねてくる。
「おかげでゆっくり休めたわ。ありがとう」
「そうじゃないです。あの、撫山さん……」
「あ、家にお見舞いにきてくれたけど。誰かさんが親切に住所を教えてくれたみたいだから」
私の嫌味に加川くんが言葉を失う。
「安田。加川をいじめるな。彼も一応はちゃんと断ったが、撫山さんが熱心に聞くから」
加川姉と付き合い、ますます加川弟を庇護するようになった芋野さんがそうフォローを入れる。
「そ、そうなんですよ!」
ウサギのような子はそれにうんうんと頷いて見せる。
「わかってるわ。気にしてないから。ただ、この件に関してはプライベートなことだから言いたくないからよろしく」
「えー。秘密なんですか? 秘密なんてつまんないです」
「つまんないじゃないの。加川くん、昨日何があったか、話してくれる? 谷山建設の件はどうなったの?」
顔をゆがめた後輩に質問する。
「はあ。ちょっと待ってください」
ちょっと変だが有能な後輩は溜息をつくと、自分の机に戻り、書類を持ってくる。
そして昨日休んだ分の引き継ぎが始まった。
「武?」
昼食を取ろうとロビーに降りると、そこにいたのは武だった。受付嬢の野田さんと話していた彼は、私の声に反応して顔を上げる。
「よかった。出てきてくれて。じゃ、野田さんまたね」
名残惜しそうな彼女にそう言い、武は私に近付く。
「ご飯一緒に食べよう」
どういう風の吹きまわし?
私は首をひねりながらも、武とともにビルを出た。
「今日は先に注文しような。えっと、ここは何がうまいの?」
武は店員を捕まえるとにこりを笑ってそう聞く。その笑顔で店員の顔がすこし赤らむ。
こいつって本当、女たらしだよね。
女のことしか考えてないのかな。
「ランチセットかあ。じゃ、ランチセットでいいや。眞有、お前はどうする?」
「あ、じゃ、私もランチセットで」
店員は私たちの注文を紙に書き、再確認するとキッチンに戻って行った。
「武。今日は何の用?」
「聞きたいことがあって」
「何?」
「お前、撫山さんと寝たの?」
「!?」
こいつ昼間からなんてこと聞くのよ!
「そ、そんなわけないでしょ。仕事とプライベートは一緒しないの。私は」
「そう、それはよかった。じゃ、付き合ってるの?」
「付き合ってるって……まだだけど」
「まだってことは、まだ付き合ってないよな。だったら俺と付き合えよな」
「武……。昨日から言ってるけど、目的はなに?」
「目的って。好きだからに決まってるだろう」
スキッテ
簡単に言われる言葉に私は戸惑う。
「本気なの?」
「本気だよ。神に誓って本気」
それが嘘くさい。
そう思いながら私の心の中の恋する女の子は目を覚ます。
信じてみようか
そんな望みを持ち始める。
「眞有。俺はお前が好きだ。奴にお前を渡すつもりはないから」
奴……撫山さんのことだよね。
二人の美男に、一人の美しくない女。
笑えるシチュエーション。でも私は今その中のヒロインらしい。
信じてみようか。
勇気を出してみようか。
「眞有。俺はお前以外の女と寝るつもりもないし、付き合うつもりもない。だから今日から俺の純粋な彼女になってくれ」
純粋な彼女……
そういえば私、以前純粋な女友達って言ってたんだっけ。
「……浮気とかしたら許さないから」
覚悟を決め、武と見つめるとそう口にする。
「わかってるよ。俺も純粋な彼女が男と会うのは嫌だからよろしくな」
「わかってるわ」
「じゃ、乾杯しようぜ」
「乾杯?」
「そう、乾杯。俺たちの新しい関係に」
私逹は水に入ったコップを持つとカチンと重ねる。
そうして私逹は新しい関係を始めることにした。