5-2
「お待たせしました」
シャワー上がりのひどい姿を見られたのだが、とりあえず着替えを済ませて、座敷に入った。
見たこともないような美形を前に、緊張している母がほっとして、腰を上げる。
6
「それじゃ、撫山さん。ごゆっくりしていってくださいね」
母はそそくさと座敷を出て行く。
「すみません。母が失礼なこと、言ってませんでしたか?」
「いえいえ、何も。お母様は眞有さんと一緒で優しいかたですね」
「はあ。そうですか」
適当に相槌をうち、撫山さんの前に座った。
なんでたずねてきたんだろう?
仕事……そうじゃないよね。
心配してくれた?
彼は顔を強張らせる私にふわりと笑った。
「眞有さんは大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
優しい美形は私の言葉に安堵する。
こんなきれいなのに、信じられない。
なんで私のことを好きなんだろう。
どう見ても気の迷いだよね。
黙りこくっていると撫山さんが口を開く。
「昨日、あのまま別れた後、本当は追いかけようかと思ったんです。すごく辛そうだったので。それで今日休んだと聞いて、いてもたってもいられず、加川くんに住所を聞いてしまいました」
加川くん!?
またあの子?
そう簡単に個人情報を人に渡すなんて、まったく……
「加川くんと叱らないでくださいね。私が無理に頼み込んだので」
顔をしかめたのだろう、穏やかに撫山さんはそう言う。
いやいや、本当。ありえなくらい完璧だ。
美形で気遣いができる。
ありえないこんな人……
でもどうしてこんな人が、私にみたいな平凡、っていうか最近平凡以下だと自覚してるけど……私に?
やっぱり美形だからちょっと変わってるのかな?
「撫山さん。私は全然嫌な奴で、顔もこんな感じです。どうして、好きだなんて思うんですか?」
「……わかってないですね。眞有さんのそういう飾らない性格が私は好きなんです。だから、あなたには不幸になってほしくない。あなたが池垣さんのことを好きなのはわかってます。でもあの人はあなたを幸せにできない」
撫山さんの青い瞳が私を捉える。
青い瞳の中に戸惑う私の顔が見えた。
「もう一度言います。私と付き合ってくれませんか?」
「送らなくてもいいのに」
「いいんです。ほら、母に買い物を頼まれたし」
遠慮する美形に母から手渡された買い物リストが書かれた紙を見せる。
「じゃ、遠慮なく送ってもらいますね」
駅に向かいながら私達は少しお互いの様子を窺う感じで、仕事やとりとめのない話をした。
撫山さんの申し出に私は首を横に振った。
こんな機会はもう一生来ないことはわかっていたが、断った。
中途半端な気持ちで付き合うのは好きじゃなかった。
それは彼にとって失礼だと思ったからだ。
「本当、眞有さんは男気あふれてますよね」
男気? どう意味ですか?
「それってほめ言葉なんですか?!」
むっとして答えると美形は爽やかに笑った。
「ほめ言葉ですよ。あなたはとてもかっこいい」
「かっこいいって。なんか美形に言われても困ります」
「美形……」
撫山さんはすこし驚いた顔を見せる。
「そうです。撫山さんは本当モデルみたいに綺麗です。性格もいいし、もっといい人探してください」
「……いい人、それがあなたなんですけど」
「そういう台詞は次の人に取っておいてください」
「言いますね」
「はい。私はあなたに好かれる資格はありませんから」
「資格って、すごいこと言いますね」
「撫山さん、本当ですよ。なんなら私が誰か探してあげます。あなたにつりあうくらい綺麗で性格がいい人……」
そういいながら戸惑う。
二十八年、美形ウォッチャーだったが、美形には問題がある人が多い。撫山さんに紹介できるような人がいるのか、自信がなかった。
「!」
一瞬考えて事をしていたせいか、突然歩みを止めた彼に気づかなかった。ぽんと撫山さんの背中にぶつかる。
「す、すみません」
顔を上げると、彼は前を見て顔を強張らせていた。
「どうしたんですか?」
彼の見ている方向に目をやる。
そこにいたのは武で、親しげに女性と話していた。緩いボブカットのオレンジ色に近い茶色の髪の毛で、武よりも20センチばかり背が低い。その瞳は猫のように大きく、一目で武の好みであることがわかった。女性はぽんと彼の肩を叩いたりして、その関係の親密さが見て取れた。
「……すみません。あっちから帰りましょう」
どうにか言葉を発すると撫山さんの腕を掴み、武達に背を向ける。そして青信号に変わった交差点を急いで渡った。