4-5
「安田さんは付き合ってる人がいるんですか?」
青い瞳がきらりと光り、私を捉える。
「え…と」
ええ?
こうゆう展開ありなんですか?
いつもと様子が違う撫山さんを戸惑いながら見つめ返す。
待ち合わせ場所は会社近くの公園で、現れた彼はスーツではなく、藍色のパーカーにジーンズ姿だった。髪もさらさらでまとめていなくて、色気が漂う物憂げな美男がそこにいた。
驚く私に微笑み、彼は居酒屋に案内する。
似合わない……サラリーマンが集う居酒屋で彼は浮いていた。だけどそこの常連らしく、店員とは軽い挨拶を交わしている。
「驚きました?」
「はい」
「この店の料理はおいしいんですよ。お酒も」
彼は店の奥に私を案内しながらそう言う。手馴れた様子で料理を注文し、ビールが運ばれてくる。上品な感じの彼とジョッキに入った生ビールは妙は組み合わせだ。
「私は洋食よりも和食、ワインよりもビールとかお酒なんですよ。この顔でよく勘違いされるんですけど」
彼は舌をちらりと見せ、笑う。
その動作にどきっとして真っ赤になり、顔をそむけた。
っていうか、なんか今日は特にめちゃめちゃかっこいいんですけど。
周りの人の視線も痛いし……
「飲みましょう」
運ばれてきたジョッキを持つと撫山さんが声をかけ、私達は乾杯する。
料理が運ばれてきて、フランス出張のことなどを話していると、彼は不意に私をじっと見つめた。
空のような綺麗な青色だった。
そして次に聞いた言葉は驚きべきものだった。
「安田さん、いえ。眞有さん、私、多分、あなたを好きになってしまいました。フランスで思い出したのはあなたのことばかり。私と付き合ってくれませんか?」
「え……?」
今なんて言われた?
告白されたの。私?
この美形に?
「安田さんは付き合ってる人がいるんですか?」
戸惑う私に彼はそう言葉を続ける。
「え…と」
嬉しいよりも驚きが先立つ。
前回、付き合ってくださいと言われた時とは明らかに違う。
多分、これは本気だ。
やったね。眞有。
脳裏の醜い私がそういってほほほと笑う。
美形好き二十八年、美形に恋し続けてきたが、叶ったことはなかった。
そして今日。
美形も美形、天使のような彼に告白された。
付き合うでしょ?眞有?
もちろん。
私は頭の中で頷く。
こんなチャンス、もうない。
撫山さんは武なんかと違って、誠実そうな人だった。加川さんに振られてから八年も思い続けていたような人だ。
だから、きっと付き合ったら幸せになれる。
「眞有」
しかし武の声が脳裏で聞こえ、私は目を閉じた。そして彼の顔、姿を思い出す。あのからかうような言葉、笑顔、掴まれた腕の感触、キス……すべてが私を捉え、思考を止める。
だめだ。
私、やっぱりだめだ。
撫山さんがどんなに綺麗でも、やっぱりあいつが気になる。
だからごめんなさい。
彼に答えようと顔を上げたとき、
「眞有」
「眞有さん」
二人の男の声がした。
顔を上げるとすぐ側に武が立っていた。
「武?」
なんで彼が?
幻?
私は目を瞬かせる。
「眞有さんのお知り合いの方なんですね。やはり」
武の顔を凝視している私の様子を見て撫山さんがそう言う。
「え、はい。大学時代からの友人です。武、なんで、あんたがここにるのよ!」
我に返ると、撫山さんを気にしながらも彼を怒鳴りつける。
「偶然だよ。偶然。月とすっぽんのカップルがいるって同僚が言ってたから興味本位で見たら、お前だった。面白いから見にきた」
「見にきたって。私はパンダだじゃないの! もう十分みたでしょ? ほら、あんたの会社の人、手招きしてるわよ。戻ったら?」
まったく頭にくる奴だ。
月とすっぽん、言われなくてもわかっていることだった。
「あ、本当だ。でもその前に」
武はくるりと振り返り、座敷のテーブルのほうを見る。そして待っててと合図をした後、さっと名刺を取り出す。
「こんばんは。私は安田眞有の友人で池垣武といいます。いつもお噂はきいてます」
「噂なんて!」
さらりと言う彼に噛み付くように言い返すと、すっと撫山さんが立ち上がった。
「はじめまして。池垣さん。私は撫山港です。以後お見知りおきを」
二人の男はにこっと笑いながら名刺を交換し合い合う。
ハンサムな男が二人……
やっぱり武もかっこいいよね。こうやって撫山さんと並んでも絵になるもん。
椅子に座り、二人のハンサムな男をしっかりと見つめる。
しっかし、私に注がれる周りに視線がめちゃくちゃ痛い……
「武!ほら、会社の人呼んでるよ。早く戻りなよ」
状況に居たたまれなくなり、武をせかせる。
「邪魔して悪かったな。じゃ、楽しめよ」
武はふっと微笑むと、私の肩をそっと叩く。
その行動がなんだか嬉しくて私は微笑みを返す。
「邪魔よ。邪魔。またね~」
「ああ。またな。じゃ、撫山さん。また今度」
武は撫山さんに軽く頭を下げると、少し離れた座敷部屋のほうへ慌てて戻っていく。彼がわいわいと会社の人と飲み始めるの見て、私は苦笑した。
「眞有さん。多分今度も私は失恋ですね」
武を見ていた私に溜息まじりの撫山さんの声が聞こえた。
「でも、まだ勝算がありそうです」
言葉の真意を測りかね、聞き返そうとする私の視界が暗くなる。
「好きです。眞有さん。彼のことなど忘れたほうがいいですよ」
耳元でそう囁かれ、唇が重ねられた。
「な、撫山さん!」
武がいるのに!
私はその思いしかなく、彼の胸を叩くとその唇から逃れる。
そして武がいるテーブルを振り向く。
すると見られているのがわかった。
しかし武は何事もなかったように振る舞い、こっちを見ていたほかの人に声をかけ、話を再び始める。
気にしてないんだ。
私が誰とキスしようと。
やっぱりそうなんだ。
それなら、もう、あきらめるしかない。
初めから期待はできない関係だった。最近会いすぎで勘違いしていたかもしれない。
武が私のことを好きかもって。
友達でいたいと思いながらもずっと期待していた。
でも違う。
やっぱり違うんだ。
「眞有さん……」
「好きな人がいます。私のどこがいいんですか?」
そう言った私の声は震えていた。
気がつくと涙がこぼれ始めていた。
「あなたの優しさが私は好きなんです。あなたが私にしてくれたように、私もあなたに優しくしたい」
彼の真っ白な指が私の涙を拭う。それは傷ついた私の心に癒しを与えた。