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友情という名の関係  作者: ありま氷炎
Chapter 3  罪な美形たち
15/50

3-5

 昼休みから人々が戻り始めたビル内に颯爽と美しい男が現れる。

 受付嬢の野田さんがその青い瞳に釘付けになり、うっとりとしているのが見えた。


 気持ちわかるよ。

 野田さん。


 私は野田さんの気持ちに激しく同意しながら、美形を迎えるため受付に向かう。


「ああ、安田さん」


 撫山なでやまさんは私の姿を見ると蕩けるような魅惑の笑みを浮かべる。

 

 うわあ。


 かなり見慣れているはずの笑顔だが、やはり見惚れてしまう。

 しかし野田さんから放たれる嫉妬の視線を感じ、顔を引き締めた。


撫山なでやまさん、どうしたんですか? 言ってくれれば事務所まで行きましたのに」

「ちょっと見せたいものがあったんです。この近くまで来ていたので寄ってみました。まだ皆さんにも挨拶もしてないですし」


 美形はいつもながら謙虚にそう言う。


 挨拶。

 副社長にも伝えてあるし、ちょうどいいのか。


 私はロビーにいる人々から向けられる嫉妬、好奇の目を潜り抜けながら、撫山なでやまさんを五階の事務所に案内した。



「はじめまして。私がトゥーサン社に撫山なでやまみなとです」 


 美形がその微笑を披露したとたん、副社長は乙女に戻ったかのように顔を赤くする。

 副社長は今年五十歳になる女性で、社長の奥さんにあたる人だ。二人に子供はいない。おかげで副社長は年より若く見えた。

 魔女と言ってもいいよね。あれは。

 さすがに二十代とは言えないが、三十代後半といえばどうにかごまかしが利きそう感じだった。


 

 普段はつんと澄ました感じだが、今日は美形を前に緊張してる姿が見える。


 かわいい。

 いつもこんなんだったら苦労しないのに。


 社長より厳しいのはこの副社長だった。

 経費削減を信条とし、この間のフランス料理店のレシートもまだ処理できていない。

 でもこの調子じゃ、撫山さん効果でうまく請求できるかも。

 優しく微笑む副社長を見て私はそう期待した。




「可愛い!」

「本当だ。可愛い~。撫山なでやまさん、これもらってもいいですか?」


 真っ赤なリボンが結ばれた小さなワインボトルを抱え、兎のようにキュートな後輩がそうたずねる。


「加川くん?」


 私はお客様がサンプルとして持ってきた物なのに、と彼を睨みつける。


「いいですよ。まだ事務所にありますから」


 しかし、撫山さんは微笑むとそう答えた。


 三十分後、副社長から解放された撫山さんを私は企画実行部に連れてきた。小さなワインボトルをサンプルとして預かるためだった。

 私達の会社はビルの五階をすべて貸し切り、部署ごとに部屋を分けて仕事をしていた。企画実行部は全部で五名、部長と先輩の角木かどきさんは別の企画で外回り中、芋野さんはまだお昼から帰ってきてなかった。


「だったらもう一つもらってもいいですか?」

「加川くん!」


 それは図々しいにもほどがある!


「いいですよ」


 しかし美形は気分を害することなく微笑む。


「よかった。これで姉さんに取られないですみます。姉はいつも可愛いもの持って帰ると取り上げるんですよ。二つあれば大丈夫です」


 姉……と言う言葉に私は撫山さんの表情が固まるのがわかった。


 ああ、やっぱり気になるよね。

 本当に大丈夫かな。

 彼女が司会で……


 心配げにちらりと彼を見る。


「あ!芋野さん!見てください~」


 ふいに私のそんな思考を破り、加川くんが声を上げ手を振る。男前に変身した芋野さんが爽やかに歩いてくるのが見えた。


 芋野さんか。

 なんかタイミングが悪いんだけど。


 私の嫌な予感は当たるようで、空気が読めない可愛い後輩は無邪気に、次の言葉を言い放った。


「姉とのデートどうでしたか?ほら、見てください。これ可愛いですよね?姉の分ももらったんですよ」


 加川くん!!


 ぱこんと彼のその能天気な頭を叩きたくなった。

 すぐ側で撫山さんの顔が蒼白になったのがわかる。


「……安田さん。じゃ、これ置いていきますね。当日は招待客の皆さんに配れるくらい本社から持って来させますから」


 傷ついた美形はぼそっとそうつぶやくと、芋野さんと入れ替わりに部屋を出て行く。


「撫山さん!」


 私は持っていた小さなワインボトルを加川くんに預けると慌てて彼の後を追いかけた。

 



 何て速足!


 すぐ追いかけたはずだが、私はビル内で撫山さんの姿を失った。

 しかし駄目もとだとビルの外に出て、周りを見渡す。

 すると彼らしき背中を見つけ、その腕を捕まえた。


「撫山さん!」


 私は彼の腕を掴んだまま、ぜいぜいと肩で息をする。久々には走り、息が苦しかった。


「どうしたんですか?」


 撫山さんは私が追いかけてきたことに驚いたようで、目をぱちくりさせている。


「大丈夫ですか?」


 私の言葉に彼は目を見開いた後、ふわりと笑う。


「心配してくれたんですか?」

「……まあ。そうです」


 笑顔を向けられ、私ははっと我に返り、彼の腕を放す。

 彼の傷ついた顔をみたら追い掛けずにはいられなかった。


「安田さんは本当にいい人ですね」

「?!」


 穏やかな声がして艶やかな笑顔を見た後、ふいに黒い影が前をよぎる。そして頬に柔らかな感触が当たったのがわかった。


「な、撫山さん?!」


 頬に触れたのが彼の唇だとわかり、一気に体温が上がった。


「ど、どうして!」

「感謝のしるしです」


 彼はさらりと言ってのけた。


 感謝のしるしって!

 照れてしまったのが悔しい!


「大丈夫です。永香えいかさんに新しい彼氏がいるのは残念ですけど。私も、もうふっきれそうなので」


 美しい男はたけるに似た意味深な笑みを浮かべる。


「じゃ、安田さん。また」


 撫山さんはぺこりと頭を下げると、私にくるりと背を向けて、すたすたと歩いて行く。

 

「すごい。うらやましい。なんであの人にあの美男?」

「美女と野獣だよね」

「美女って、美男だろ?」


 頬にだが、キスをされたのを完全に周囲に見られていたらしい。

 周りから人々のそんなひそひそ声が聞こえる。


 消えてなくなりたい!

 

 恥ずかしさでいっぱいで、このままどこかの穴に入りたかったが、何事もなかったように表情を変えると、急ぎ足で事務所に戻った。


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