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友情という名の関係  作者: ありま氷炎
Chapter 3  罪な美形たち
12/50

3-2

 これはいわゆる一目ぼれというものだろうか?


 私は芋野いものさんが加川かがわ永香えいかに向ける視線を見てそう思った。


 芋野さん、彼女はだめです。

 好きになったら絶対に不幸になる。

 だめです~~


 私は今すぐ彼のところへ行き、そう忠告したい気持ちを抑える。


 今日は上司の部長が加川かがわ永香えいかに会いたい、いや、打ち合わせしたいということで彼女が会社に来ていた。

 ふっと現れた美少女、いや美女に社内は色めき立った。

 加川くんの姉ということで期待をしていたが、男性陣にとっては期待以上だったようだ。


 そして私の先輩、芋野さんは彼女を見た瞬間から、釘付けになっているのがわかった。


 どうか、一瞬の気の迷いでありますように。

 私は部長と芋野さんとミーティングルームで顔合わせをしながら、そう願わずにはいられなかった。



「すごい綺麗だったわね」


 用を済まし、洗面所で手を洗っていると声をかけられた。それは私より七つ年上で、すでに結婚している軽田かるたさんだった。

 うちの会社の規模は小さめで、営業部が3人、企画実行部が5人、会計部が2人、そして社長と副社長という構成だった。

 軽田さんは会計担当で、私は企画実行部所属。女性は3人だけで、あと一人は副社長だった。


「本当綺麗ですよね。私も最初見たとき、見とれましたもん」

「でも、私はあなたみたいなタイプのほうが好きだからね」


 何を思ったか、彼女は慰めるように軽く私の肩を叩き、トイレを出て行く。


 何かを勘違いされてる?

 なにを?


 私は首をひねって考えてみたが、軽田かるたさんの真意はわからなかった。


 まあ、平凡な私の容姿に同情したのかな。

 でも加川姉に比べるほど馬鹿じゃないですから。


 ハンカチで手を拭くと私は自分に乾いた唇に潤いをつけるためにリップを塗った。



「安田。俺も先輩としてこのイベントを手伝わしてもらうから。何かあったら言えよ」


 トイレから戻ると待ってましたとばかり、芋野いものさんが話しかけてきた。その顔は少し赤いように見える。


 だめです。あの人は、 芋野いものさん!


 そう言いかけたが、真向かいに実の弟がいることに気がつき、別の言葉を口にする。


「ありがとうございます。何か困ったことがあったら相談しますね」

 

 私はにっこり笑って答えたが、心の中では別のことを思っていた。


 絶対に相談しない。

 こんないい人があの不思議な人にかかったら不幸になるに決まってる。



「安田さん~~。台本はこんな感じでいいですか?」¥


 午後2時過ぎ、加川くんが書類を持って机まで歩いてきた。

 私はぺらぺらとめくる。


 やっぱりこの子、頭いいわ。


「ありがとう。ちょっと確認するわ。部長にも見せないといけないし」

「はい」


 私の返事に彼は可愛らしい笑顔を浮かべるとペコリと頭を下げて、席に戻っていった。

 

 うん。可愛いな。

 性格は変だけど、素直なところはいいね。


 そんなこと思いながらも、ペンを掴むと書類に目を落とした。

 こっちで日本語の台本を作り、撫山なでやまさんがフランス語に翻訳する。それは加川姉のためでもあったが、本国の社長に送るためでもあるようだった。


 あ、誤字発見。

 今日は加川くんに頑張ってもらって、これを仕上げてもらおう。

 そして今日中に撫山なでやまさんに送るんだ。



「やり直しですね」

「うん。ほら、添削したから、よろしく」


 一時間ほどして私は台本を加川くんに返した。彼は書類を受け取るとすぐさま修正の作業を始めた。

 私は少し画面を一緒にみていたが、他にもやることがあるしと席に戻る。そして、パーティーに向けての準備スケジュールを見た。


「まずい! 私って何ってことを!」


 後一週間しかないというのに、私は重要なことを忘れていたことに気づく。

 パーティーに来ていただいたお客さんには景品が当たるゲームを用意することにしていた。ただワインを飲ませて、その説明だけじゃ物足りないかと思ったのだ。しかし、その準備をうっかり忘れていた。


「やっぱりフランスのもの、ワイン関係がいいわよね」


 どうしよう。何も浮かばない。


「どうした?安田?」


 芋野いものさん!

 彼の声を聞き、救いの神様が来たと椅子を回転させ、振り向く。


「パーティーの景品、準備するのを忘れてました! 何にしたらいいと思いますか?」


 動揺しながらそう言うと、彼は天井を見上げ、まったく髭とは無縁のあごを人差し指でかく。

 そして数秒後、彼が閃いたといわんばかり顔を輝かせた。


「あれはどうだ。フランス旅行の切符とかは?」


 切符?

 いや、飛行機だから切符じゃないと思いますけど?


 焦りながらもそう芋野さんにつっこみたくなる。しかし、彼の笑顔を見て言うのをやめた。

 

「ちょっと、旅行代理店にいくらか聞いてみます」


 そう言って受話器を掴むと、少し照れながら彼は口を開く。


「そういえば、永香えいかさんは旅行代理店勤めじゃなかったっけ?」

永香えいかさん?」


 言われてみればそうだった気がする。パートタイムだが、履歴書に確かそんなことが書かれていたかもしれない。

 すごい記憶力だ。芋野さん。っていうかそれとも恋がなせるものなのでしょうか。


 受話器を持ったまま固まる私に、彼は満面の笑みを見せる。


「俺が永香えいかさんに確認する。だから安心しろ」

「え、いいですよ」


 いやいや、そんな。

 先輩を不幸に陥れるようなことを私にはできません。


「大丈夫だって。お前は他にやることあるだろう?」


 しかし芋野さんは、譲るつもりはないようで、私の返事も待たず机の上から加川姉の履歴書を取ると自分の席に戻っていった。


 背中から羽が生えている。かなり嬉しそう。

 

 あー芋野さん!毒牙にかかってしまうのか。


 そう心配しながらも、本人があまりにも幸せそうだったので恋路を邪魔することをあきらめた。



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