3-1
「じゃ、こんな感じで大丈夫ですね」
午後九時、撫山さんと当日料理担当のシェフとの打ち合わせを終わらせた。
パーティーまで二週間を切り、準備は大詰めを迎えていた。送った招待状はかなり好評らしく、参加する業者が続々と招待状を送り返してくれていた。パーティーで出す料理の打ち合わせも、お互いが満足するものになった。
撫山さんはどうやら現社長の甥っ子らしく、日本に進出するために彼は勤めていた仕事をやめ、トゥーサン社の日本代表として動いているようだった。
ホテルのロビーに着き、別れを言おうと撫山さんのほうを見る。すると彼はその青い瞳を煌かせ私を見つめ返した。
うお。
まずい、美形に見られた。
私は慌てて顔を背ける。
最近、打ち合わせのため、ほぼ毎日というほど、彼と会っていた。
勘違いしそうになる視線を時たま向けられ、私はかなり参っていた。
しかも、なんだか武の視線に似てるんだよね。
骨格とかも全然違うし、色も違うのになんでだろう?
性格?
でもあんなにひどい性格ではないと思うけど……
撫山さんは加川くんほど可愛い性格はしてなかったが、そこそこ素直な性格だった。
「安田さん、この後一緒に飲みませんか?」
その言葉にぎくっとする。
「……すみません。明日は早いので。やることもありますし」
ぺこりと頭を下げると、逃げるよう背を向ける。
一緒にいるとあの瞳に見つめられ、勘違いするのはわかっていた。美形は罪な生き物だ。平凡な人間を勘違いさせ、苦しませる。
「安田さん。おやすみなさい」
そんな私の背中に撫山さんが声をかける。
「おやすみなさい」
振り向くとそう返事をする。すると彼の美しい笑顔が向けられ、私はぞくっとした。
やばい。
顔が真っ赤になったのが、夜の暗さでばれない事をラッキーだと思い、頭を下げると繁華街に溶け込む。
あれはまずい。
綺麗だ。
綺麗過ぎる。
私の美形センサーがかなり反応していた。
ああ、また無謀な恋をしてしまうのか。
私は自分の嗜好に溜息をつく。
駅に近づく中、鞄の中から着信音が聞こえた。
私は立ち止まると携帯電話を取り出す。
それは武からで、私はなんだか救いの神がきたと電話に出た。
「ははは。お前、懲りないなあ。これで何度目?」
「うるさいわね」
結局、電話で話しているうちに武と飲むことにした。場所は彼の家の近くだ。めずらしく家にいたらしく、家で飲もうと誘われたが、丁重に断り、家の近くの小さなバーで飲むことにした。
「でも一度付き合ってって、言われてるんだろう?」
「まあね。でも裏があってのことだけど」
「永香か」
武はくすっと笑う。
やっぱりこの男はかっこいい。
そして罪な男だ。
私は自分の抱える想いを封じ込める。
「それにしても永香も罪なことをするよな」
彼はいつものように私の想いに気づくことなく……。気づかれても困るのだが、言葉を続ける。
「それはあんたもでしょ」
溜息をもらしながらそう口にする。
しかし当の本人は意外そうに目を細めた。
「俺?どこが?」
「どこがって」
まったく。
本当頭にくる奴だ。
人の気持ちなどに気づくことはない。
私はすこし加川さんに同情する。
弟に嫌いだと言っているが、多分好きだった違いない。
もしかしたらまだ好きかもしれない。
それなのにこの男は……。
「なに?」
ふと自分の思考から我に帰り、私はじっと武に見つめられていることに気づく。黒い瞳が照明の光を反射して煌く。私はその瞳に囚われそうになる自分に発破をかけ、視線を外すとカウンターの上のカクテルを煽る。今日も甘めのカクテル…のつもりだった。
「うわあ。これなに。苦い」
舌に苦味がひろがり、体がぽっと温かくなった。
「いつも同じじゃつまんないだろう?ちょっと辛めにしてみた」
「何よそれ。おいしくない」
「そうか?」
武はそう言って私のグラスを掴むと飲んでみる。その仕草がなんだか色気があって、俯いてしまう。
「おいしいけど。じゃ、俺が飲むわ。木村さん、やっぱり普通のカシスオレンジにして」
「はいはい~」
武は店の常連のようで、木村と呼ばれた男は微笑むと軽く返事をする。
「最初から普通にしてくれたらよかったのに」
「今日は酔わせようかと思ったんだ」
この男は。
また意味深な台詞と言って!
「ふん。その手には乗らないんだから。それよりもあんたのほうはどうなの?夜のこんな時間の一人で家のいるなんて、めずらしいじゃないの。彼女は?」
武が女を絶やすことはなかった。セフレか彼女、どちらかと夜を必ず過ごしているような男だった。
「今はいない。しばらくは作るつもりはない」
「めずらしいね。あんたが。あ、でもセフレがいるから一緒か」
木村さんが作ってくれたカクテルを受け取ると口をつける。ちょうどいい甘さが口の中で広がり、幸せは気持ちになった。多分口元は緩んでいるはず。
「可愛い顔するな。たまには」
「たまには余計よ」
「じゃ、乾杯しようぜ」
「乾杯?今日は何に?」
「眞有の新たな失恋に」
「失恋って、まだ恋でもないわ。本当失礼な男よね。あんた」
「失礼って。俺はお前にしかそういう態度をとらないけど」
「私だけってますます失礼じゃない」
「それだけ特別ってことだろ?」
「そうね。私はあんたには珍しい純粋な女友達だから」
「……そうだな。ほら、乾杯しよう」
武は、口元を小さく笑みを浮かべグラスを掲げる。
「じゃあさ、失恋じゃなくて、私達の純粋な友情に乾杯しましょ」
「純粋ね~。いいけど」
「じゃ、乾杯」
カチンとグラスを重ね、私と武はそれぞれの色鮮やかな液体を飲む。
武とこうやって馬鹿なことを言い合い、一緒に飲めることが楽しかった。
どうか、彼が私の思いに一生気づきませんように。
私は、このままずっと彼の純粋な友達でいられることを願った。