2-6
意図は?
隣でパーティー会場を見ている撫山さんの横顔をさりげなく観察する。
鼻筋が通った顔は、横から見たらなおさら美しく見えた。
彼はふと振り向くとにこっと笑う。
なんでここで微笑?
動揺していることに気づかれないように、ふと視線をそらした。
「いい場所ですね。ここで決めてもらっても構いません」
「よかった。じゃ、決まりですね」
どきどきする胸を押さえつけながら、私はそう返事をする。そしてホテルの支配人を呼んだ。
会場の予約や会場設営のことなどを少し話すと、時間はすっかり八時近くだった。
「お腹がすきませんか?」
「はあ」
私は曖昧に返事を返す。
できればすぐにでも撫山さんの元から離れたかった。意図があって近づいているはずなのに勘違いしそうな自分がいた。
「ご飯でも食べましょう」
「……はい」
迷いながらも私はそう返事をしてしまい、夕食を共にすることになった。
夕食はフランス料理店、私は経費で落とそうと決め、メニューを手に取る。
「こういうお店に、うちの会社のワインが置けるといいのですけど」
さらっとそう言われ、私はレストランの名前を確認する。
曖昧な記憶の中、このレストランは招待客リストに入ってなかったような気がした。
「招待客に加えておきますね」
私は店員を呼ぶと、レストランの名刺を催促する。
「撫山さん、私を好きだなんて嘘だとわかっています。意図は何ですか?」
料理を注文し、ワインが運ばれてきて、そう切り出した。
このまま、意図を探るよりも直接聞いたほうが早いと考えた。
「……やっぱり騙されませんか」
くすっと笑って言われた言葉に、心の中で大きく溜息をつく。
覚悟はしてたけど、やっぱり痛い事実だった。
ロマンス小説じゃあるまいし、美形に平凡な女性が一目ぼれされるなんて現実はありえない。
「意図は何ですか?」
「意図……。意図は簡単です。永香さんへの復讐です」
「復讐?」
「そうです。八年前、当時、大学生だった私は、サークルの先輩だった永香さんに告白しました。ところが、外人は嫌いと断られました。私がどれだけ傷ついたかわかりますか?」
「……はあ」
やっぱり、失恋の痛手は大きかったんだ。
「私は日本で生まれ育って、日本人のつもりです。でもいつもこの顔が邪魔をする。あれ以来、私は自分の顔が嫌いなんです」
「いや……。加川さんは何も深く考えないで言ったと思いますよ。ほら、撫山さん、あなたはハリウッドの俳優みたいにかっこいいから、ちょっと驚いただけだと思いますよ。だって加川さん以外の人には振られたことはないですよね?」
「……そうですけど」
美男は一気に子供ぽい表情を作る。
「だから気にしないで。加川さんってああいう性格じゃないですか」
彼に、はははと笑いかける。
「そうですけど……」
「撫山さん、あなたは本当に美しいです。だからそんな過去のことにこだわらずに、ね?」
この彼の傷がパーティーの成功を握っている。
努めて明るく話して、どうにか気持ちをそらさせようと試みる。
「そうですか?」
「そうです。だから今日限り忘れてしまいましょう」
すると彼が仰天の笑顔を浮かべ、私はそのあまりの美しさに気絶するのではないかと思った。
「安田さんって……いい人なんですね。弟くんがうらやましい」
「弟?」
弟なんかいないけど?
私は首を捻りながら撫山さんを見つめる。
「友亜貴くんです」
美男はすこし拗ねたような顔をしてそう答えた。
ともあき?
だれ?
ああ、加川くん!
でもそこでなぜ彼の名前?
「えっと、どういう意味でしょうか?」
意味がわからず私は困惑するしかない。すると撫山さんは肩をすくめた。
「友亜貴くんは安田さんの彼氏ですよね?」
「え?!」
そんな発想をもたれてるとは想定外だった。
そして、それによって徐々に彼の考えた復讐とやらの様子が見えてきた。
「えっと、もしかして、撫山さんが考えた復讐って、加川くんの彼女である私を寝取ることで、彼を傷つけ、姉を恨むように仕向けるというシナリオですか?」
「そうです」
あり得ない~~~
なんでそんなおかしなことを考えられるんだ!
「安田さん?」
突然腹を抱えて笑い出した私を、撫山さんが驚いて見つめる。しかし私は笑いを収めることができなかった。
だって、その考え、あり得ない。
この人、面白い。
「安田さん!」
笑い続ける私に痺れを切らして、彼がすこし大きな声で私を呼ぶ。私はどうにか笑いを収めると彼を見つめた。
「誤解ですよ、撫山さん。私は加川くんの彼女じゃありません。彼は別の子と付き合ってるんですよ。あと、加川さんは弟くんにいくら詰られたからって傷つくような玉じゃありません」
私を弟の最初に相手にしようとしてるくらいの姉だった。
弟も弟で、彼女がいるのに、姉の助言に従い私と一夜を共にしようと思うくらいだ。
普通の方法じゃ傷つかないだろう。
「そうなんですか?」
「はい」
私の返事に美形は心底残念そうにそう言い、椅子に深く座り込む。
「まあ、がっかりしないでください。復讐なんかしてもしょうがないですよ。撫山さんはとても美しい人です。もっといい人探してください。さ、ご飯食べましょう」
私が爆笑している様子に店員が戸惑っていたのか、奥からやっと料理が運ばれてきた。それを見てそう切り出す。
「そうですね。安田さんの意見はごもっともです。ありがとうございます」
撫山さんはふと考えこむような表情をしたかと思うと、またふわりと微笑んだ。今度は慎ましやかな笑顔で、可憐すぎて、美形好きの私は見惚れてしまう。
美しい男においしい料理、なんてすばらしいんだろう。
私は爽やかな気分で彼との夕食を楽しんだ。