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仲間

 三日前から鈴木が来ていない。

 大空は、ある程度の覚悟はしていたつもりだったが、鈴木の席を新参者の一人が使い始めたことで、鈴木が辞めた事実にうたが余地よちがないと知り、ショックを受けた。

 『何も言わずに鈴木さんは辞めてしまったんだ。いや、どこか体を壊し入院したのかも?』大空は心の中でいろいろと考えた。しかし、わざわざ鈴木に会いに行こうとは思わない。そして、このショックは鈴木を心配するものではなく、大空自信の今後に支障があるというショックだと自覚していた。


「大空さんっスか!?」

 大空が振り向くと、今しがた紹介された新参者の森上もりがみ森下もりしたが立っている。

田中SMサブマネージャから、大空さんに作業内容を聞くようにと言われてんっスが」

 大空はそんなこと聞いていない。しかし『聞いてないから』と追い払う理由もないと考え、

「資料もらってるよね。担当が決まってないならその資料を読んでいれば良いんじゃないかな」

 大空は、自分が初日に渡された資料を思い出し、そう言った。

「はい。もらってまス。ありがとーございました」

 ハキハキとした口調でお礼をいって、自分の席へと戻っていく。

 初めて職場で『さん』付けで呼ばれた。大空は、自分が少しエラくなった感じがした。五ヶ月前の勤務当初を思い返してみると、いろいろな苦労があった。それもこれも小林の性格が悪いのがいけないと腹立たしさが湧いてくる。

『もっと親切に教えてくれればあんなに苦労しなくて済んだのに。そうだ、今日入った新人に親切に教えて、仲良くなれば、協力して仕事をすれば、きっとうまくいく』

 森上は明るく態度が明快でよくしゃべる。反面、森下は気持ちを態度に出さないし必要以上にしゃべらない。この二人は性格が違えど、そこそこ仲良さそうにしている。

「大空さん、スゲー、タッチタイピング速いっスね。俺なんか、人差し指だけスっよ」

 大空に質問するのは決まって森上だ。森上は持ち前の社交性を織り交ぜて質問するので、お世辞と感じながらも大空は機嫌よく答えてしまう。

 森上は、性格は明るいが細かいことが苦手のようでメモとか一切とらない。対象的に、言葉数の少ない森下は、一度聞いたことは二度聞かないように心がけているのだろう、ノートをいつも手にし頻繁に何か書き込んでいる。

 森上は大空をよく頼る。森下はいつも森上にくっついている。大空は今の状況を楽しんでいる。三人で喫煙室に行き、学生時代やった神ゲームのことや、お気に入りのユーチューバーのことを話題にした。出会って二、三日で三人は仲良くなった。鈴木のことなど話題の端にもでることはなかった。


 結合テスト前半、テスト項目を作成する作業。

 この作業は、簡単で単調だ。なにせ、小林の作ったファイルを真似て作るのだから。しかし、森上は大空の説明に納得がいかない。

「こんなの意味ないスよね。なんの意味があるんスか」

「こういうものだとしか……」

 大空は返事に困る。最初の一週間は、アプリの使い方、資料の位置や貸出方法などの説明で簡単明快に教えることができた。しかし、一週間が過ぎ、森上と森下に作業が割り当てられると、その作業の進め方を説明するのはかなり大変になる。そもそも大空自体が疑問を感じているし、鈴木から、かなりいい加減にしか教わってない。

「大空さん、なんか分かりづらいスよ」

 森上は、どの詳細設計書を見て、どのファイルをどう真似るのか大空に説明を求めるが、明快な回答などどこにもない。

 いろいろ説明をこころみた挙句あげくては、どの詳細設計書を見て、どのファイルをどう真似るのか、毎回、大空が探して、どういうふうにテスト項目を作成するべきかを森上にアドバイスするようになった。正直、ここまで細かな説明をするくらいなら大空一人で二人分の作業をやったほうが速い。

 一方、詳細設計書の見方やテスト項目の作成方法を学ぼうとしない森上は一日中何をしてるのか気になって見てみると、パソコンに入っているオフィースソフトに興味が湧いたのか、入門書を書店で買ってきて面白半分に勉強している。森下もりしたが探し当てたのだろうパソコンのメニュー上にないミニゲームをハードディスクから直接実行して、ときおり後ろを気にしながらミニゲームを楽しんでいる。田中SMサブマネージャにばれない範囲で森上は自由にやっていた。

 大空は、既成事実として定着した今の仕事の進め方が不満であり、森上の姿勢が不服ふふくであるものの、森上・森下から『さん』付けで呼ばれることが嬉しい。喫煙室で会話ができることが楽しい。その上、大空より派遣社員の経験が豊富な二人からいくつかの職場の話が聞けて、ためになる。不満をいだきつつも今の状況に満足もしていた。


 なんだかんだで、結合テスト前半が終わろうとしていた。そんなある日、派遣会社の社員が、ミーティングルームにやって来た、もう前回の契約更新が終わる時期になっていた。

「大空さん、仕事の方はいかがですか?」

「いつも通りと思います」

 曖昧な返事を返すが、この社員は大空の返事とは無関係にカバンから契約更新の用紙を取り出し、

「大空さん、先方様にすごく気に入れているみたいですよ。今度は六ヶ月の更新を打診されたのですが、いかがですか?」

「少し考えさせてください」

「何か不都合でも?」

「いえ、そういうわけではないですけど……」

 言葉を濁す大空は、出来れば他の職場に移りたいと考えていた。『このプロジェクトはデスマーチかもしれない。他のプロジェクトを見てみたい、このまま派遣社員でいるのはイヤだ』と思う気持ちを、いかに説明しようかと考えていた。

 しばらく様子をうかがっていたこの社員は、

「みなさん初めはそんなもんです。大空さんはまだ六ヶ月しか勤務していないのですから、もうしばらくここで勉強されることをおすすめしますよ」

 大空が何を考えているのか聞こうともせずに、ただ、大空にサインを求める。それでも、大空がペンを持とうとしないのを見ると、

「次の仕事が決まっているのであれば引き止めはしませんが、六ヶ月程度で辞めるような人はどこも採用したがりませんよ。それに、当社では、一年ほど勤められた方には、派遣社員から正社員へのステップアップをサポートしますので、このまま続けてみてはいいですか?」

 しばらく考えたいとする大空に、この社員は今結論けつろんが欲しいとサインを催促さいそくする。大空は『正社員へのステップアップ』という言葉にかれ六ヶ月の契約延期にサインをした。

 大空からサインを受け取ると、この社員は笑顔を振りまきながら、前回と同じようにそそくさと帰っていく。

 大空は無表情にそれを見送るが、大空には不安があった、森上への対応を誤ったと感じていた。今までは作業時間に余裕があったのでなんとかなっていたが、結合テスト後半はそうもいかない、森上の分まで大空が引き受けるわけにはいかない。『どう森上に説明しようか』と悩んでも、一向に良い考えが思い浮かばなかった。


 結合テスト後半、前半で作成したテスト項目に沿って試験を行う作業。

 当然のように森上は試験方法を大空に聞きに来る。

「大空さん、試験ってどうするんスか?」

 笑顔を作りハキハキと森上は質問してくる。対象的に大空は気まずそうに煮え切らない態度で、

「テスト項目通り試験するだけなんだけど……」

 と答える。森上は一瞬不審な顔をしたが、口端で笑顔を作り、

「また、その時、聞きに来まスんで、よろしくお願いしまス」

 と自分の席に戻る。

 その後、森上はその都度、大空に試験方法を聞きに来るが、大空は画面のハードーコピーの取り方や、入力データの作り方、結果データのダンプの仕方などの説明はできても、肝心かんじんの試験結果の合否判定方法の説明ができない。大空は詳細設計書の適当な個所を森上に見せて、

「ここを見れば分かるから」

 と、適当なことを言ってごまかしていた。最初、森上は、

「本当スか?俺には分かんないスけど?」

 と言いつつも笑顔を作りながら引き下がっていたが、どう考えても分からなかったのだろう、

「大空さん、俺には無理っス。もう少し分かるように説明お願いしまス」

 土下座でも何でもしますと言わんばかりの低姿勢で、大空に頭を下げてきた。

 予想外の森上の行動に驚いた大空は『さすがにこれ以上、そっけない態度は出来ない』と観念した面持おももちで、森上と森下を喫煙室に誘った。

 喫煙室に入った大空は、人気ひとけの少ないすみに足を運んだが、ちっとも本題の話を始めようとはしない。

「大空さん、なんスか?席で話せない話って?」

 森上の催促さいそくにようやく、重い口を開く大空は鈴木から聞いた話を二人に教えた。

「その鈴木さんって人が、ここはデスマーチで、設計書がメチャクチャって言ったのは分かったけど、じゃ、俺どう作業進めたらいいんスか?」

 困った表情で森上が言い寄る。しばらく考えた大空は、『むしろ森下もりしたくんの方が経験豊富なんだから、いいアイデアがあるのではないか』と他力本願な考えに至り、

「さぁ、どうしようか?」

 愛想笑いを浮かべて疑問を投げかけた。

「『さぁ?』さぁって言われても困るんだけどナ」

「なら、小林さんに聞けばいいじゃないか」

 語気が強くなる森上に、反射的に強気で大空は言い返した。

「そんな言い方無責任じゃないかなナ。ようは俺らにウソ教えてたってことでいいっスか?」

「ウソじゃない。こういったやり方をしているって言ったまでで……」

 大空は、森上にそっけない態度で詳細設計書の適当なページを見せたことを思い出し、言葉が最後まで続かない。そんな大空を森上は睨んだ、

「でも、それがウソしょ」

 凄む森上に大空は次の言葉がない、目線を外しうつ向いた大空には、森上の鋭い視線をヒシヒシと感じる。

 大空にとっては長い沈黙に感じただろうが、十数秒大空を睨んだ森上は、そのまま何も言わずに喫煙室から出て行った。終始、無表情で無言の森下も森上に続いて出て行く。

 森上の視線から解放され、大空は周りの視線を気にしたが、こっちを見ている人はいない。

 親切心で教えたのに、なんで森上に怒られないといけないんだ、自分のやっていることが間違っているのか、田中SMサブマネージャに告げ口するだろうか。どうしようという感情と、どうにでもなれという感情と、ムシャクシャする感情がひしめき合って、目の前のくず箱を無性に蹴り飛ばしたくなる。


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