仕事の中身
一週間が経った。大空には二回目の進捗報告会だ。
各メンバーが田中SMに進捗を報告する。
「次、大空くん進捗をお願いします」
大空は下を向いたまま黙っている。一、二分静寂な時が過ぎる。
「大空くん、初めは誰でも、うまくいかないものです。そのために余裕を持ってスケジュールを引いているのです」
田中SMは、しばらく間を置いても何も言わない大空に話を続ける。
「作業が遅れてることは悪いことではないですが、報告しないのは社会人失格ですよ」
「……十二分のゼロ、進捗率ゼロです」
下を向いたままの大空には田中SMの顔は見えないが、キツイ視線が大空を睨んでいるように感じられ、萎縮して身動き一つできなかった。
「はい、進捗率ゼロ。分かりました」
と、普段と変わらない穏やかな口調が大空の耳に届く、うつ向いたまま、目が田中SMの方に動く。普段と変わらない表情で進捗率を記入している田中SMが大空の目に映り少しホッとなるが、
「小林くん。悪いのですが大空くんのを少し見てくれませんか?」
ホッとしたのも束の間、視界の端に映っている小林の鋭い睨みに、目線をテーブルに戻し、また、小さく身動きがとれなくなった。
報告会が終わると、大空の居る席の横に立った小林は、
「で、どこが分からないんだ」
トゲのある口調だが気にする余裕がない。大空は今まで聞きたかったところを思う存分聞いた。そして、今まで悩んでいた疑問が次々と解決していく。小林の説明が特段にうまかったわけではない、大空の質問が的を得ていたのと、小林も自分の分かる範囲では、意地を張らずに相手に伝わるように説明をしたのだ。表面にあらわれる進捗率はゼロでも、小林に質問できるまでの知識をこの一週間で身につけることができていたのだ。
質問を初めて一時間近くが経つ。だんだんと、詳細設計書の矛盾点や、小林の説明内容の辻褄が合わない個所の指摘に似た質問が増えだした。小林はだんだん説明に困るようになり最後には、
「バカじゃないか。俺はお前の先生じゃないんだぞ」
と大声を上げた。
担当部署のメンバー全員と、隣の島、もう一つ隣の島の人間が大空と小林の方を向く。憤って顔を真っ赤にしている小林は、しばらく大空を睨んだあと、自分の席へ向かってドシドシと歩き出す。
しばらく、田中SMはマジマジと見ていたが、それ以上、事が大きくならないと判断すると、自分の仕事を再開した。
大空は、分からないことを分からない。矛盾していることを矛盾している。と言ったまでなのに、なぜ、小林が怒るのか理解に苦しんだ。単に小林が無知なだけだったのではないかと怒りがこみ上げてくる。なんで詳細設計書の見方を教えるくらいで、そんなに偉そうにいえるのか?お前の方がバカじゃないかと怒りが湧いてくる。が、その怒りはどこにもぶつけることができず、グッと腹の奥にしまいこんだ。
しかし、大空にとって、小林から受けた説明は大変役に立ち、プログラムをみるみると完成させることができ喜びが湧いてくる。今までのモヤモヤが吹き飛んだような晴れやかな気持ちになる。不思議な気持ちだ。小林に対する怒りと感謝が、大空の中で入り乱れた。
次の進捗報告会では、大空は、
「十二分の六、進捗率五十%です」
と誇らしげに報告することができた。
「大空くんかんばりましたね」
田中SMは和やかにその報告を受けた。
「小林くんもありがとう」
大空に説明してくれてありがとうの意味で労いの言葉をかけるが小林はムスッとしている。
しかし、大空には、田中SMと小林のやり取りなど眼中になかった。誇らしげにしている大空は、進捗率五十%が上げ底であることを自覚している。なぜなら、わかりやすいプログラムだけを選んで作成したからだ。残り半分のプログラムはどうすれば良いか見当がつかない。この後、小林に聞きに行くべきなのかどうか、心では複雑な葛藤が続いていた。
2017/10/04 誤字修正
2019/03/20 誤字修正