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5.魔法喰いは渇望する

魔法喰いはそれなりにスケベ。

 コンコンコン、コンコンコン……。


 日が暮れてもその音は響き続けていた。エントランスのドアに備え付けられた、木製鳥のドアノッカーだ。もう半日近くになる。


 しつこい。なんなんだ、あの娘は。


 ちなみに施錠はしていない。開こうと思えば、ドアは簡単に開く。

 にもかかわらず、律儀にコンコンコン、コンコンコン。気が滅入る。ただでさえ味のない食事が、余計にまずく感じる。


 乾いた味のないパンを噛み切って、生野菜をそのまま口に詰め込む。鼻腔に青臭さは感じるものの、苦味やえぐみは一切感じない。

 味覚は壊れたままだ。呪いのアイテム【魔王の魔力】のせいで。


『……いい加減出てやったらどうだ?』


 自身の頭がいかれたのでなければ、青狼はそう言っている。囁くような声を、魔力にのせて。念の声で。

 口は悪いが艶っぽい声だと、いつも思う。


『もう日も暮れる。年頃のおなごをそう邪険にするものではないぞ、ナナヤよ』

「わかってるよ……」


 面倒だ。いかにも面倒。

 シンドウの街は王都と比べても治安がいい。深夜になっても悪漢が徘徊することはほとんどない。なぜならこの街には、魔王を討った勇者シンドウが居を構えているのだから。

 とはいえ時折ではあるが、知性なき魔物が迷い込むことがある。


 長いため息をついて、食卓から立ち上がる。


『ふふ。何のかんの言っても、それがおまえらしい。自ら面倒ごとを背負い込む性分、嫌いではないよ、私はな』

「そりゃどーも。おれもマオさんのことは好きだよ。モフモフしてるしね」

『小僧め……。いつからそのような人たらしになった……』

「あっはっは」


 無駄に長い廊下を歩いてエントランスのドアを開けると、木製鳥のドアノッカーの紐に手を伸ばしていたエルディノーラが笑顔の花を咲かせた。


「ナナヤ様! よかった! 出てきてくれないかと思いましたっ」


 ずいぶん待たせたというのに、別段怒った様子もない。だからこそ余計に苦々しく思う。が、捨て置くわけにもいくまい。それにご近所さんの目もある。

 このように年端もいかぬ娘に、玄関前に居座られては。


「……あ~、まあ……なんだ……とりあえず上がって……」

「ありがとうございますっ」


 エントランスに招き入れ、客間に通す。

 ふと気づくと、青狼のマオが後をついてきていた。


「きゃっ、狼……!」

「マオさ~ん。客が怖がるだろ」


 しかしエルディノーラは一瞬驚いたような素振りを見せた後、怖がるどころか青狼の前にしゃがみ込んでその顔を両手でわしゃわしゃし始めた。

 青狼の尻尾がふりふりと左右に揺れる。


『くくっ、なかなか殊勝な娘ではないか。おっ、おっ、あ……そこ……』


 変な声を出すな。


「この子、女の子ですねっ」


 ナナヤが眉をしかめた。


「そうだけど……よくわかったね。青狼のマオさんだ。女の子ってよりはもう、女性って年齢だけどね」

『やかましいぞ。心はいつまでも少女のままよ』

「わかりますよ。だって、こんなにも綺麗な青狼は始めて見ましたもの。――あなたとっても美人だわ」


 マオの尾が勢いよく振り回される。


『ふん、あたりまえのことを言いおって。気に入ったぞ、小娘』


 ナナヤは額に手をあててため息をついた。


「エルディノーラ」

「はい。なんでしょう?」

「弟子入りは断る。その代わりってわけじゃないけど、一晩だけ泊まっていってもいい。明日には帰るんだ。ちゃんと街道を通ってね。路銀がなければ貸すから」


 弟子など面倒だ。そもそも、教えられることなど一つもない。


「そんな、困ります……」

「昨夜も言った通り、おれは剣術なんて何も知らないし、魔法だってまともなものは初級のものしか使えない。傭兵でも雇って学んだほうがいいよ」

「ですが、先日はあんなにすごい魔法を――」

「だから、あれはただの初級魔法のファイアなんだって。体質的に少し加減が難しいだけであって、大魔法でもなんでもないんだ。体質だから、キミに真似はできない」


 むろん体質などではない。心臓に寄生した呪いのアイテム【魔王の魔力】のせいだ。

 エルディノーラは唇に手をあてて少し思案する素振りを見せた後、訝しげな表情で尋ねてきた。


「まともではないものもありますの?」


 ナナヤが顔をしかめた。

 面倒だ。本当に。抜けているようでいて、どこかしら鋭い。青狼の性別を言い当てたこともそうだ。


「そっちもキミには真似できない。かつて魔王が使用していた魔王の極大魔法だ。賢者(ウィザード)の大魔法を遙かに凌ぐ威力があって、その気になればこの大陸を沈めることもできてしまう。禁術だよ」


 何せ、当代魔王は勇者シンドウでもある己自身だ。


 勇者が魔王を斃して始めて知る真実。それは誰もが予想しえなかった、とんでもないものだった。

 まだナナヤが勇者と呼ばれていた頃、彼は数百年にわたって魔族領域を支配してきた魔王ヴァルフィナを討つことに成功した。


 だが、魔王を討った瞬間、彼女の肉体から何か強大な魔力のようなものが靄となって溢れ出し、それは勇者であるナナヤの肉体へと対処する間もなく侵蝕してきたのだ。

 それこそが呪いのアイテム【魔王の魔力】だった。そして【魔王の魔力】は魔王を討ったものに対し、暴力的なまでの悪意をもって四六時中語りかける。


 ――世界を憎め、魔の王を継げ。


 つまりは早い話、生まれもっての魔王などどこにもいなかったのだ。歴代の魔王はすべて呪いのアイテム【魔王の魔力】によって操られていた、魔王を斃した勇者と呼ばれる存在だった。勇者こそが魔王だったのだ。


 ナナヤは恐怖した。夢中で【魔王の魔力】を取り外す方法を探した。

 だが、高名なる聖者のいかなる奇跡をもってしても、心臓に寄生したこの呪いのアイテム【魔王の魔力】を消し去ることはできなかった。


 今まさに、このことを思考している己は勇者ナナヤ・シンドウなのか、それともすでに【魔王の魔力】に操られている魔王(別人)と化しているのか、もはや自身にもわからない。

 むろん、そんなことをわざわざ自分の口から教えてやる義理はない。


「それはさすがに……困りますね……」


 ナナヤが苦笑いで告げる。


「ごめんな。そんなわけだから、わかったら明日には帰ってくれ。今日は客間を好きに使ってくれてかまわないから」


 ベッドはないがソファならある。価値ある置物はないが硬いパンとミルク、そして最高級のドッグフードならある。そう告げると、エルディノーラは少し寂しげな表情で、あははと笑った。

 客間から立ち去ろうとした瞬間、青狼とエルディノーラの声が重なる。


『事情は尋ねんのか、ナナヤよ』

「事情を尋ねてはくださらないのですか?」


 これだから女は……。


『おなごが力を求めるには、それなりの理由があろう』

「ゴシップに興味はないよ、マオさん」


 苦笑いでこたえると、エルディノーラが目を丸くした。


「青狼とお話をしているのですね」


 しまった。いつもの癖で、つい話してしまった。

 表情を変えぬままニヤつく青狼を恨みがましく睨んで、ナナヤが顔をしかめる。


「……そんなことを言った気がしただけだ」

「え? でも今……」

『ふはははははっ!!』


 笑うな。性悪狼め。

 しかしエルディノーラはめげない。


「金銭的報酬は言い値でお支払いします。……あの……もしも足りなければ、一生かかってでもわたくしがお支払いいたしますから」

「金ならいらない」


 エルディノーラが、初めて顔を曇らせた。焦りだ。

 よほどの事情があるのだろう。ただしそれは彼女にとってのことであり、自身にはまったく関係ないことだ。聞けば後に退けなくなることだって、世の中にはある。


「欲しいものは何もないんだ。魔法の力を帯びた伝説の剣もいらないし、高名なウィザードの書いた魔術書だって欲しくない」

「あ、あの、でしたらナナヤ様に何か望みはありますか? わたくし、できることでしたらなんでも……その……カ、カラダ以外……でしたら……なんでも……」


 少し頬を赤らめて、不安そうに両手を胸の前で組んで、目を伏せて。


『ナナヤ。おなごにここまで言わせて、おまえというやつは』

「そんなに言うならマオさんが教えてやればいいだろ。何度も言ったけど、おれにはできることがないんだって」


 この青狼は、己などよりよっぽど魔法に精通している。そこらのソーサラーやウィザードが束になってかかってきたとしても、彼女(マオさん)の大魔法には敵うまい。


『言葉も通じんのにどうやって教えるのだ、阿呆め』


 その言葉が聞こえていない時点で、エルディノーラには魔法の才がないということだ。


『ならば剣や体術を教えてやればどうだ』

「だから、おれは剣も体術も知らないんだって」

『おまえ……、そんな様でよくも【魔王の魔力】を持った私を斃せたものだな』

「マオさんこそ、何をそんなに肩入れすることがあるんだ」


 エルディノーラは戸惑ったようにこちらに視線を向けている。それはそうだろう。青狼との会話は、端から見れば独り言にしか見えないのだから。

 睨み合い、やがてゆっくりと息を吐く。


「……エルディノーラ。さっきキミは、おれの望みを叶えてくれると言ったな?」

「は、はい」


 ナナヤは舌を出し、その先を人差し指でとんとんと突いた。


「だったらおれに味覚をくれ。それだけでいい。それ以上に望むことはない」


 そんなことは誰にもできない。【魔王の魔力】を消し去れない限りは。




ポンコツお嬢さまは結構しつこい。

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