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3.魔法喰いは魔法が苦手

 針葉樹の陰から、見るからに怪しい覆面の男たちが姿を現した。

 闇に紛れる暗い色の長衣を羽織っており、松明を手に持っていなければ姿を確認することさえ難しかっただろう。


 奴隷商に雇われた私兵。暗殺者(アサシン)だ。彼女の話の信憑性が増した。

 先回りでもされてしまったか、斜面に立っているというのにすでに取り囲まれてしまっている。

 数は十五名。伏兵が茂みに潜んでいなければ、だが。


 ナナヤは相手を探るべく、暗殺者(アサシン)の一人に絞って照合魔法を使用する。

 照合魔法とは、王都が公的に発行している、各ギルドに所属するメンバーの早見表のようなものだ。鵜呑みにはできないが、強さの指針程度にはなる。

 主要項目であるLV(レベル)は、その時点で討伐したモンスターの階級や、倒した別ギルドのメンバーのLVによって上がるのだから、あながち的外れとは言えない。

 人間用と種族別モンスター用がある。


鑑定照合(ブック)

 職業:暗殺者(アサシン)

 LV30

 Atk:50

 MAtk:0

 Def:15

 Agi:100

 Skill:薬物使用

 Notices:多くの犯罪に加担している疑惑があり、現在バルモア騎士団が調査中


「あぁ~……勘弁してくれ……」


 ナナヤが額に手をあてて空を仰いだ。もっとも、深い森に空はなく、密集する針葉樹の葉がざわめくばかりだが。


「……」


 暗殺者たちは、左手には松明、右手にはすでに抜き放たれた短剣を持っている。しかも刃部分は削られてノコギリのようになっていて、謎の液体が滴っている。

 暗殺者は薬の扱いに長けている。常識で考えれば、よくて痺れ薬、悪ければ猛毒だ。


 脳天気なエルディノーラも、さすがに緊張した面持ちでナナヤの外套(マント)を片手でつかむ。

 松明がパチパチと爆ぜる音がしていた。

 やつらは何も語らない。こういったことに慣れているのだ。脅し文句すらなかった。

 揺れる橙の灯りの中、突如として背後から伸びた影に、ナナヤはエルディノーラの手をつかんで引きながら側方へと身をずらす。


「あ……」

「――!」


 躓いたエルディノーラの腕をさらに強く引いて。

 ひゅっ、と剣呑な風切り音が耳もとで鳴って、エルディノーラのドレスの裾が裂けた。夜目にも白い足が太ももまで露わとなる。

 なかなか好い育ち方をしている。きっと食べ物が良いのだろう。

 それは羨ましい。本当に。ああ、腹が減った。


「大丈夫?」

「あ、はい。おかげさまで」


 だが、敵は問答無用。味方は鈍くさい。……泣きたい。

 取り囲む男たちが一斉に短剣をかまえた。


「待て! 待て待て! 待ってくれ!」


 ナナヤは背後に気を配りながら、エルディノーラを己の背中に隠す。

 突撃体勢を取っていた男らが、一歩踏み込みかけたところで足を止めた。


「この娘に聞いた。あんたたち、人さらいか?」

「……」


 こたえない。まあ、問答無用で斬りかかってきた時点で認めているも同然だ。それはつまり、目撃者を消すという行為に他ならない。

 幸いというべきか、不幸にもというべきか。ここは霊峰だ。通る人間などよほどの物好きくらいのものだ。殺して埋めるにはうってつけだろう。


 まったく。王都は何をしているのか。暗殺者(アサシン)ギルドなど犯罪の温床になっているのだから、さっさと解体すればいいのに。尻尾をつかんでからなどと悠長なことを言っているから、度々こんなことが起こるんだ。


 しかし弱った。

 大声で叫んだって、こんな山奥じゃ意味がない。


「と、取引がしたい」

「……」


 人身売買の相場は知らない。ああいったものの競売は、そこそこ評判の悪い貴族や、領地を統べる領主(ロード)にしか知らされないらしいから。


「に、二千万ワルドまでなら出せる。見逃してくれない?」


 王都以外の地方都市でいえば、民家一軒分だ。決して悪くはない値段のはず。

 男たちが一瞬、戸惑った。


「そんな、わたくしのために……」


 背後からすんごい感激に打ち震えた声がしているが、こんなもん、もちろん苦し紛れの出任せだ。とにかくこの場から無事に去れさえすれば、あとはどうにでもなる。


 じわっ、と嫌な汗が浮かんだ。

 こたえは――。

 己の(くび)へと勢いよく振るわれた短剣だった。


「うわ――っ!?」


 エルディノーラの頭を片手で押さえて下げさせ、同時に首をすくめる。頭頂部をギザギザの刃が通過して、髪の毛が数本千切れて舞った。


「ナナヤ様、剣は抜かれないのですか?」

「だから、おれは剣術なんて知らないって言っただろ」


 側方から突き出された切っ先を身をひねって躱し、斜面上を目指して逃走を図ろうとするも、繋いだ手を狙って振り下ろされた刃にエルディノーラを一旦突き飛ばす。


「すまん」

「きゃんっ」


 横薙ぎに空を斬った刃を跳び越えて再びエルディノーラの腕をつかんで立ち上がらせ、包囲の薄い場所を探して視線を廻らせた。


「ああ、よかったわ。わたくし、見捨てられたかと思いました」

「そんな悠長なことを言っている場合じゃないでしょうよ……」


 しかし、これは――。

 エルディノーラの腕を引いて頭を下げ、刃を躱す。

 十中八九、刃に塗られている液体は猛毒だ。なぜなら人身売買の商品であるエルディノーラは狙わず、己だけを狙って刃を振ってきているのだから。


 ちなみにエルディノーラのスカートが切り裂かれるように仕向けたのは、ナナヤ自身だ。もちろん彼女の足に切っ先が掠らないよう、細心の注意を払いつつだが。その際にやつらが短剣を一瞬引いたことも、あの液体が痺れ薬ではないことを証明している。


 すぐさま足を狙ってきた一撃を低い跳躍で躱し、着地と同時にとっさにエルディノーラの腰を抱え上げる。


「きゃっ」

「おれの首に手ぇ回して!」

「あはい」


 彼女の両腕が首に回るとほとんど同時、エルディノーラをぶん回して地面に足をつけさせ、彼女の足を軸にして空中で回転しながら刃を躱し、自らの足を大地につける。

 お姫様抱っこのままだ。腕を引っ張るよりは守りやすい。

 続けて突き出された刃を斜めになって躱し、エルディノーラの足を振り回して暗殺者(アサシン)の顔面を蹴らせる。

 どかっ、と音がして、暗殺者(アサシン)がよろけながら数歩後退した。


「あっ、ごめんなさいっ」

「謝る必要ないだろ」


 覆面が解けかけた男は、慌てて自身の顔を手で隠す。


「……くッ」


 その間に背中へと突き出された短剣を、回し蹴りで蹴り飛ばす。短剣はくるくると宙で回転して、針葉樹の幹へと突き刺さった。


 さすがに――さすがに、暗殺者(アサシン)らがざわめいた。

 己の動きが異常なことに自覚はある。香港のアクションスターさながらだ。こんなことができるようになったのは、この世界に来てからのことだが。

 あまり目立ちたくはなかったが……まあ、それはさておき。


 正直なところ、この奴隷商の私兵たちを肉団子にすることは難しいことじゃない。難しいのは、この霊峰という地を含め、すべてを生かしたまま動きを奪うことだ。


 だが、この有様では。

 頸部に突き出された刃を首を倒して躱し、武器を狙って蹴り上げようとした足を目掛けて、側方から別の刃が振り下ろされる。

 とっさに片足を引いて体捌きで身を翻すと、麻の外套(マント)が微かに裂けた。


「だあ、もう!」


 これでは埒もない。

 一際大きな大樹を背負い、ナナヤは薬指に魔法のリングが装着された右手を持ち上げた。


 扇状の陣形で距離を詰めてくる暗殺者らへと向けて、右手に魔力を収束させてゆく。炎の魔法を示すように、橙色の魔力だ。



 大丈夫。ただの初級魔法だ。そう、()()は大丈夫だ。大丈夫。



 ドグ、ドグ、嫌な音を立てて心臓が脈動する。心臓に寄生した呪いのアイテム【魔王の魔力】によって。

 ナナヤが顔を歪めた。


「~~っ! 待て! 待て! それ以上は必要ない!」


 ドグ、ドグ、ドグ、ドグ……!

 心音が響くたび、魔力が右手に渦巻いてゆく。倍々計算で膨張しながらだ。

 もしも十五名の私兵らに魔力を可視するものがいたならば、この時点で恐れおののき、逃走を図るか戦意を喪失していただろう。

 だが、見えない。魔法を使えぬものには、太陽のごとく球体状に膨れあがりつつあるその橙色の魔力は。


「むあぁ~、だめだ……制御が……ッ」


 ドグ、ドグ、ドグ、ドグ……!

 ナナヤは――いや、ナナヤだけではなく、エルディノーラもまた、その異常とも言える光景に目を奪われていた。


 初級魔法であれば、魔力など掌に渦巻くほども集まることはない。だが今、ナナヤの魔力はまるで魔術師(ソーサラー)の中級魔法を超越し、賢者(ウィザード)の大魔法でさえも凌ぐほどに広がりつつあるのだ。

 これでは、霊峰を噴火させるようなものだ。


 しばし唇を尖らせた後、ナナヤは誰にともなく呟いた。


「やっぱ無理だ、これ」


 そう呟いた直後、ナナヤは掌を握りしめて太陽のような魔力の核をつかみ、大きく振りかぶっていた。

 初級魔法ファイアに推進力はない。ぶん投げるのだ、力任せに。

 だから――。


「ぬおおおおおおぉぉぉ……ッりゃあああーーーーーっ!」


 ぶん投げた。じりじりと距離を詰めてくる男らにではなく、真夜中の空へと。橙色の魔力は鬱蒼と茂る木々の葉を貫き、空高くへと舞った直後。


 霊峰が――いや、闇空が紅蓮に染まった。

 樹齢を重ねた針葉樹はその枝葉を灼き尽くし、山頂部の残雪は液状を超えて蒸発する。周囲を真昼以上に照らし出し、季節など忘れるかのような高温を発生させながら凄まじい熱波で周囲を薙ぎ払い、二つ目の太陽はようやくその姿を消滅させた。


 あとには、焦げついた臭気が残されるばかり。

 十五名の暗殺者(アサシン)たちは、全員熱波に吹っ飛ばされて転がっている。


「あ、あっぶな……。また生態系を破壊してしまうところだった……」


 視線を戻す。

 何かを語るまでもなく、暗殺者(アサシン)らは全員腰を抜かしたのか、斜面から転がり落ちるように逃走していった。



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