四話目
爆音とともに扉が開いたのは、それで現状ですが、とサムが話しかけた時だった。
「サム!いるか!?」
転げ込むように、何かが入ってくる。広い部屋を突っ切って壁にぶち当たりそうな勢いで飛び込んできたそれ。ぐるりと空中で半回転して部屋の中央に降り立った。
呆気にとられたぼくの目に映ったのは、メイド姿の女の子だった。
彼女はきっと、扉をにらむ。ロングスカートのすそをなびかせて。大きな吊り気味の目の所為か、獲物を見つめる猫のようだ。一呼吸ののち、もうひとつ何かが部屋に入ってきた。今度はゆったりと。大きな鎧。フルアーマーだ。
ぎしり、と金属の音がした。
ぎょっとしたぼくを一顧だにせず、それは入ってきた時とは比べ物にならないスピードで部屋の中央へと走り込む。大きさにそぐわぬ敏捷さ。銀に光る腕がしなる。大きな斧が振り上げられ、振り下ろされる。女の子の頭をめがけて。
すさまじい速度のそれを、彼女は手にした箒で受けた。木にしか見えないそれは、ぎゃりん、と嫌な音をひとつたてただけで、軽々と斧を止めてみせた。
茫然と、扉の真ん前に立ったままじゃなくてよかった、と考えているぼくの肩で、サムが呆れたような声を上げた。
「何ですか、王の寝室で騒がしい」
「言ってる場合か!手を貸せ!」
サムのことばに、彼女がキレた。その細腕で、斧を弾き飛ばすが、鎧は揺らめいただけで一歩も下がらない。すぐに横から薙ぎ払うように斧が彼女を襲い、彼女は舌打ちをひとつして、今度は箒を床に突き立てるようにしてそれを止めた。またも、鈍い金属音が部屋に響く。
「どこから連れてきたんですか、それ」
「あとで説明するからとにかく手を貸せ!生け捕りたいんだ、あたしの駒にする」
「駒、ということは、中身は空なんですね」
「そう、ただの傀儡だよ」
鎧とにらみ合いながら、彼女はにやりと笑った。表情は余裕そうだが、彼女の息は切れている。やれやれ、とサムがつぶやく。
「お話し中にまことに申し訳ありませんが、しばしお待ちください」
律儀にぼくに謝罪をしたサムが、こちらに一礼する。いきなりな状況に頭がついていっていないのか、ぼくの口からは、はあ、お構いなく、というバカみたいなことばが出た。奥の方にいらしてください、と言われて、おとなしく扉からも鎧からも離れるように動いた。
「いくよ、ミオ」
声をかけられたネズミは、キイ、と鋭く一声鳴く。頭をかがめたネズミに飛び乗ったとたん、銃弾のような速さで彼らが跳んだ。腹に響くような音がして、鎧が吹っ飛ぶ。ぶち当たった壁が壊れて、砂埃が舞う。
サムは天井、壁、床、と跳ねていく。その動きは速すぎて線のように見えた。すっと女性が左手を挙げる。
「サム、繰り糸は左手首だ」
「肩から落としても?」
「肘からにしてくれ」
贅沢な、というサムの文句も、ゆっくりと立ち上がる鎧も無視して、彼女は扉に向かうと、何かを言いながら閉めた。そうか、入ってこられたわけだし、彼女は扉の名前を知っているのか。その後ろ姿に、またも鎧が斧を振り上げた。
「フランベルグ、燃えろ」
凛としたサムの声が響き、部屋の中に真っ赤な光線が走った。炎だ。赤はスピードを上げたサムとともに揺れ動く。鎧に突っ込んだサムは、一度鎧の斧に当たって防がれる。しかし、ぽん、とそこから跳ねあがるように角度を変えて懐に潜り込むと、やすやすと鎧の左手を切り飛ばした。切り口が一度真っ赤に燃え上がる。鎧が倒れこみ、手甲は、がん、と天井に当たって床に転がった。
それを、黒いハイヒールが踏みつける。
「よくやった」
ハイヒールの持ち主は、やっぱり「にやり」としか表わせない笑みを浮かべていた。