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十八話目

「任せましょう。魔法は独自のルールを何かを対価に無理やり作りだして、この世界のルールではできないことを可能にします。わたしたちとは違う空間で戦うようなものですから、わたしたちは足手まといにしかなりません」

 サムがそう言い残して、地面へと飛び降りる。ミオも同時にてのひらから降りた。

 わかってる。ぼくのすべきことは、ルナの心配じゃない。一刻も早く記憶を取り戻すこと。王座を見やる。座ったままだった彼が、けだるげに立ち上がった。そのまましばらく激しい鎧たちの戦いを興味がなさそうに見つめていた彼が、やっと口を開く。

「王の特権は、共有できないらしい」

 そうだ。だから、お前はサムもルナも従わせられなかった。ふたりの名前はぼくが持っている。

「お前がしつこく手放さなかった」

 そして、ぼくを従わせることもできない。お前がとってしまったから、いまのぼくには名がない。

「王のルールでは、名前のないものを従わせることはできないからね」

 彼は腕を挙げ、指を天井近くに向けた。飾りに彩られた柱。その上へ。

「ルナは、あと少し時間をかせげというけれど。ぼくはそんな生易しい対応でいいのか疑問なんだ。邪魔をしてくるのであれば、徹底的に排除すべきだ」

 過激だね。

「優しい王様、なんて幻想だよ。知っているだろう?」

 ……うん。そうだね。

「お前が思い出したものは、ぼくの中から消えてしまった。お前がここにくるまで、いくつかの名前が消えたのを感じたけれど、少し思い出したところで、ここにはまだぼくの持ち物のが多い」

 続いて彼が呟いた言葉は、ぼくらに聞き取れるものではなかった。小さく小さく紡がれた、それは、何かの名。そしてそれに応えたのは。

 咆哮。

 玉座を覆うように壁へ彫刻されていた、ドラゴンの装飾だった。その眼が赤く光っている。動き出す。重そうに、大きな尾を引きずって。ぱかりと口が開き、赤い目がこちらを向いた。部屋一面に満ちる敵意に、肌が痛む。

「確かにぼくはお前たちを従わせることができない。だが、その必要もない。その弱弱しい首を折ればいいだけだ。……踏みつぶせ」

 ドラゴンが一歩踏み出すと、地面が揺れた。

「そんなことはさせない」

 ミオにまたがったサムがドラゴンの前に立ちふさがる。王がそれを見て嘲笑う。

「ははは、象とアリより酷い絵だな」

「黙れ、傀儡が」

 不快そうに眉をしかめ、しばし強くサムを見つめていた王が、小さく鼻を鳴らした。

「どうあっても、ぼくに付く気はないようだな」

 すっと挙げられた腕に応えて、ドラゴンが吼える。唸り声とともに、吐き出されたのは、爆風と青い炎。

 サム! ミオ!

「ご安心下さい」

 一閃。青い炎と黒い煙を、赤い炎をまとった剣が切り裂く。彼の小さな剣は鋭く、風を伴って大きな剣戟を生む。それは、部屋を埋め尽くすような業火を巻き取って消しさるほどの。

「古来より、ドラゴン退治は騎士の役目です」

 まっすぐに、サムがドラゴンへ向けて剣を構えた。縫い針のように細く薄く繊細なその刃は、揺れない。サムの心も、揺れない。ぼくの心は揺れっぱなしだけど、それでも、君を信じる気持ちだけは、揺れようがない。これは記憶を失くして初めて見たのが君だったからという刷り込みかな。それとも、ぼくのまだ思い出せない日々が、それでも確かに「あった」からかな。

「王よ、ご命令を」

 ぼくの騎士。サムシェ。ぼくらに勝利を。

「承りました」

 サムは前を見据えたままはっきりとそう応える。その声は、楽しげに笑っているようだった。

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