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十七話目

 記憶が戻り始めていた。落ち着いた色のじゅうたんの名前、優しく光るランプの名前、静かにたたずむ鎧の名前、窓枠の棘のある蔦の名前、油絵のなかの星の名前。

「あたしの名前は?」

 わかりますよ、ルナネット先生。

 ぼくが笑うと、彼女も笑った。前髪をかき上げて、後ろへ流す。引っかかっていただけのヘッドドレスが、ふわりと廊下へ落ちた。無理矢理にひっつめていたらしい髪もすっかりほどけていて、紫にも見える深い紺色の髪がくるくると耳や肩のあたりで踊る。

 ぼくの先生。お前は何も知らないなと、よくため息を吐く。ため息を吐きながら、どうすればぼくが理解しやすいかを考えて、かみ砕いて教えてくれる。本当に分かるまで、導いてくれる。敬えよ、あたしはお前の臣下じゃないぞ。そうふんぞり返って言うくせに、ある日気まぐれみたいに、真の名を教えてくれた。

 敬えよ、あたしはお前の先生だ。いつものお決まりのせりふを繰り返し、それから、にやりと笑って付け足した。

 だからお前に何でも教えてやるし、あたしはいつもお前の味方でいてやる。

「花丸をやろう」

 はは、ありがとうございます。

 破いて結びなおしたスカート、まくり上げられた袖、一部が破れこげているエプロンドレス、ぐちゃぐちゃの髪、隣を歩く片腕の鎧。あの時のようににやりと笑った彼女は最高に魔女らしく……ルナネットらしくなっていた。

 控えめな咳払いに、足元に目を落とす。もちろん、君のことも思い出したよ。王になって渡されるもの。ぼくを「王」とはじめて呼んだ人。杖しか持たぬ王を守る盾であり、困難を打ち破る剣である。どんなときも躊躇いなく、ぼくを認めてくれる人。

眠っている間、ずっと付いてくれていてありがとう。心配かけてごめん。あと、これからもよろしくね、サム。

「もちろんです。私はあなたの、騎士ですから」

 サムが晴れ晴れと笑い飛び跳ねる。何度かぼくの服を掴みながら僕の肩に登った。ミオが羨ましそうに鳴くので、手を差し伸べる。賢いネズミは、ぼくのてのひらに収まる。ぼくらはよくこうして歩いた。きっとこれからもそうして歩いていく。

 誰にも会わぬままにたどり着いた王の間の扉は、開いていた。普段は衛兵が渾身の力を込めて押し開ける大きな扉だ。魔女もぼくも、足を止めることなく進む。あらかじめ命令されていたのだろう。扉が背後でゆっくりと閉められた。

 王の間はその広い。国交のある国が、一部隊を引き連れて謁見しても狭く感じないようにできている。窓はない。代わりに天井は鳥が舞う青空ご描かれている。その高いたかい天井を、人間が3人でやっと抱え込めるような柱がいくつも並んで支えていた。

 扉からまっすぐに伸びる赤いじゅうたん。その先にぽつりと置かれた、背もたれのやたら立派な椅子。玉座。

 部屋にはふたつしか人影がなかった。椅子に座るものと、その横に寄り添うものと。どうやら早々に人払いをして、待ち構えてくれていたらしい。玉座に座る王と、赤い絨毯に座り込んで王座のひじ掛けに頭を乗せるようにしている華奢な少女。

 少女を見て、先生が眉をしかめた。

「マリ」

「ハァイ、お久しぶりね、欠片の魔女。わたしのかわいいお人形を横取りなんて、どんな育ちが悪い人かしらと思っていたら、納得だわ」

 切りそろえられた前髪、しみひとつない白い肌、丁寧に施された化粧。指をばらばらに動かしてこちらに挨拶を送ってくる。かわいらしい子だ。目を大きく開いてまじまじとルナを見た彼女は、綺麗に紅く塗られた爪先を華奢なあごに当てて笑った。

「やだあ、それってぼろっぼろだけど、メイド服?想像しちゃったあ、にあわなーい」

「それはもう聞いたからもういい」

 きゃらきゃらと高い音で笑う少女に、ルナはうんざりとため息をついた。

「まあこっちもお前かなとは思っていたよ、傀儡の魔女。人形を作ってそれを操るのは、お前の得意技だから」

 ふふふふふ。笑いを含んで、少女がひらりと一回転した。黒のシンプルなスカートと、あごのラインで切りそろえられた艶々の髪が、風を含んで広がる。

「その偽物も、お前が作った人形だろう?」

「そう、外側はね。よくできているでしょう。そーっくり!さすがわたし」

 玉座の王を見て、それからぼくの方を見て、満足そうにうなずく。癖なのか、また唇に人差し指をあてて、わざとらしく首をかしげた。

「中身もね、うまく切り離せる部分があったから、すっと取って、きれいに入ったと思ったんだけどなあ。それに前に試したときは、記憶を抜き出したショックのための昏倒って、もっと長く続いたのに、こんな早く目が覚めるなんてやんなっちゃう。やっぱり物体じゃないものは、はかりにくいのよね」

「誰に頼まれてこんな騒ぎを起こしてる」

「ひーみーつ!ね、もうちょっとで私のお仕事終わるのよ。大人しくしてる気は」

「あるわけないだろう」

「そうよねえ。じゃあ、力づくで大人しくしてもらうしかないかなあ。……さあ、まずはそのお人形、返してね」

 彼女が前に出した手をぎゅっと握る。赤い爪が蠢くように光って、空気がたわんだ。ルナが箒をひとふりする。二人の中央で何かがぶつかり、雷のような轟音が響く。

「こいつは請け負う。そっちは任せた」

 そう言い残して返事は聞かず、ルナが鎧と一緒にまっすぐ少女に向かって突っ込んでいく。マリがぐっと両手の手のひらを広げると、別の鎧が横から飛んできてルナの鎧の斧を弾いた。

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