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十六話目

 塔と塔は、何階かごとに橋で繋がれている。人ひとり通るのがやっとのものもあれば、ここのように一軍が行進できそうなものまで、色々な橋がある。大きな石造りの橋の欄干には、いつくかの像がひっそりと立っている。泡が水面に浮かび上がって弾けるように、いくつかの名前が浮かんできた。

 欄干に近寄って、腕を乗せて見下ろしてみる。眼下には、夕暮れの大きな街が広がっていた。建物の形や高さはまちまちだが、ほとんどがオレンジ色の屋根と、クリーム色の外壁だ。夕闇の中で、建物の輪郭がなめらかに光っている。人は見えない。見えないほど遠い。それでも、息遣いを感じる。たくさんの人々が、それぞれに今日という日を生きている、その呼吸。

 鐘が鳴り出した。夜が頭よりも腹に響くような城の鐘と、それに応えるような少し優しげな街の鐘。空気をなめるように広がって、街の隅の隅まで響きわたっていく。

 ぼくは、良い王だったかな?

 ふと口をついて出た疑問。疑問というよりは、不安だろうか。

 この大きな街のその先にも、国が広がっている。ぼくはそれを知っていると思う。北の国境には好戦的な隣の帝国からこの国を守る峻厳な山々、その山から流れる水は平野に至って農地を潤すから、農産物が豊かだ。西に広がる高地は牧草地帯で、昔ながらの生活を守る遊牧民たちが穏やかに暮らしている。その先にある水の都は西の国から流れ込む大河が通り、他国との交通の要所でもあり、いつもお祭りのようににぎわっている。河は蛇行して南へ下り、海に着く。活気ある港町、ここも交易の場で、南に広がる島と島を、無数の船便が繋いでいる。海岸沿いにたどっていけば、漁業の盛んな地が多く、いろもかたちもとりどりの魚や貝が獲れた。

 ぼくらの国は、良い国だ。だから、ぼくは、良い王でありたい。

「良い、とは、どのようなことでしょう?」

 サムに首を傾げられて、困った。

「領土を広げた、とか?国民に尊敬されているか、とか?国の生産性をあげた、とか?」

領土は今のままで構わない。ただ理不尽に奪われることもしたくない。国民には慕われたいけれど、それは行動の結果だろう。尊敬されたいから何かをするんじゃ、順序が逆だ。生産性は、あげたいな。みんなが少しでも豊かに暮らせる国のほうがいい。経済的な余裕ができてやっと、人を思いやる心ができる。でも、なんというか、ぼくが聞きたいのはそういう具体的なことではなくて。

国のことをちゃんと考えて、良い政治をしていたかな?

「はい。あなたは、国と国民のことを考え、臣下の言葉を注意深く聞き、公平であろうと裁可をくだされていました。その方向性や努力はおおむね誤ってはおらず、良い結果が現れることも多くありました」

 サムらしい言葉に笑う。きっと、それは客観的で正しい言葉だ。ありがとう、と言いかけたぼくの言葉を、魔女が遮った。

「お前は良い王だ」

 え?

 サムの向こうを見ると、魔女はまっすぐ街を見おろしたままだった。ひじを手すりにつけて、頬に手を当てて、けだるげな様子で、でも煌々とした目で街を見ている。

「お前は良い王だ。あたしはそう思っている」

 唐突な断定は、聞き間違いではなかった。彼女の視線は街並みから離れ、何と言っていいのかわからないぼくではなく、サムに向かった。

「サム、お前はどう思っている?お前はこいつを、良い王だと思っているか」

「もちろん、良い王です」

 わたし個人の感想でよろしかったのですか?と、サムがきょとんとする。ぼくは、すごくすごくすごくすごく恥ずかしくなって、手すりに突っ伏した。美しい石の滑らかな肌触り。

ぼくは、こんなことをふたりに聞いちゃ、いけなかったんだ。

 頭の上に、何か優しいものが触れた。

「いいんだよ、今、この束の間。お前は、王じゃないんだから」

 好き勝手動いて髪を乱していく魔女の手と、それを咎めるサムの声を聞きながら、ぼくはさっきのふたりの言葉こそが、ぼくを王にしてくれるものかもしれないと思った。

 もうすぐ、夜がやってくる。

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